しばらくの間、めそめそして
何が悲しいか、何を後悔しているか、
文章にすることでこころの整理をしたら少しずつ受け入れられた。
普通に笑ったり、楽しいと思ったり
いつもの日々といったりきたりしながら。

うっかり、ペットロスの記事を読んでしまい
またもとのめそめそに戻ってしまった。

先日、友人宅で猫と遊んで、触れて、いろいろ考えて
きっとねこがいない悲しみは猫でしか癒えないと思い至った。
忘れるために、ではなくて、いなくなったねことともにいるために。



2chの有名なコピペがあったなと思って探した。

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子供が生まれたら犬を飼いなさい。

子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。

子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。

子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。

そして子供がおとなになった時、

自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。




子供が生まれなければ猫を飼いなさい。

猫が赤ん坊の時、あなたは猫の良きしもべとなるでしょう。

猫が幼年期の時、あなたは猫の良きしもべであるでしょう。

猫が少年期の時、あなたは猫の良きしもべでいるでしょう。

猫がおとなになった時、あなたはやはり猫の良きしもべのままでしょう。

そして、いつかその時、猫は自らの死をもってあなたの心に猫型の穴を開けるでしょう。

その穴を埋めるには、また猫を飼うしかありません。


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猫型の穴を埋める猫も、やがて猫型の穴をあける。
でも、それは新たな穴ではなくて同じ場所なのかな。


ねこが死んでしまってから
なぜ、先にいなくなってしまうとわかっている動物と暮らすのか
ずっと考えているけど、わからない。
悲しみをこえる喜びがあるから?
そんなことを考えていると、結局ペットを飼うのって人間のエゴだ、とか
ぐるぐる、ぐるぐるしてまだ自分なりの結論は出ていない。

ゆっくり考える。