国鉄民営化とは何だったのか?鉄道省から国鉄へ 第6話 政府でも考えられていた抜本的改革 | 鉄道ジャーナリスト加藤好啓(blackcat)blog

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福祉と公共交通の視点から、鉄道のあり方を熱く語る?
blackcat こと加藤好啓です。
現在の公共交通の問題点などを過去の歴史などと比較しながら提言していきます。
随時更新予定です。

鉄道の改革は、運輸省時代からも考えられていた。

一般的には、国鉄はマッカーサー書簡による指示が定説となっていますが、国鐵当局(当時は運輸省鉄道総局)の中でも、鉄道に関しても独立採算制など抜本的な改正が行われなくてはならないと言う意見が述べられていました。

その辺の事情を、国土交通省が発行した、日本鉄道史の概況で見て見ようと思います、それによりますと、以下のように記述されています。
少し長いですが、引用させていただきます。

 

日本鉄道史 P13

 国有鉄道が公共企業体として発足することになった背景には、占領体制下にあって絶対的権力を保持していたGHQの意向があった。以下に述べるように、GHQは国有鉄道の職員の労働権をどうすべきかとの発想から、国有鉄道を公共企業体とすべきであると考えていたのである。  ただ、国有鉄道の改編問題は、占領体制という状況がなかったとしていても、早急に取り組まねばならない問題であった。  終戦直後の国有鉄道は、鉄道施設・車両は荒廃し、旅客も貨物も全く輸送需要に応じきれないという状態であった。旅客列車に貨物車両を連結するようなことをしても乗り残しが出るというありさまであり、列車の速度を向上して対処しようとしても、線路の状態が悪く、速度制限を余儀なくされ、列車のスピードアップ等は思いもよらぬことであった。労働力も資材も不足しており、戦災で焼かれた駅舎はもちろん、ホームの屋根すら修理することができず、また、洪水等で流された橋梁も復旧できず、木製の仮橋で間にあわせるというような事態すら生まれた。  このような施設・車両の荒廃のさなか、22年2月の八高線、同年4月の京浜東北線での追突事故、同年8月山陽本線の脱線・転覆事故等重大事故及び荷物・貨物の紛失・盗難等が続出して、国有鉄道の体質・モラルの荒廃が議論の焦点とさえなっていた。  したがって、国有鉄道の制度を根本的に改め、一刻でも早く輸送の正常化を図る必要性が生じていたのであった。

GHQの基本にあった考え方と運輸省には温度差はあったが

ここに書かれているように、GHQの示唆により国鉄という組織が生まれることになり、その背景には労働運動に関する考え方があったことは言を待ちませんが、運輸省当局としても、国鉄をどうするべきかという点は、大きな問題であり、把握していたようで、運輸省部内紙、交通 昭和22年9月号の、国鉄再建への道 経済白書と国鉄という記事の中で以下のように書かれています。

再び引用してみたいと思います。

不評判の運賃三倍半が実現しても、なおかつ百数十億の赤字が出るという、この国鉄財政を建直す場合もまたしかりである。

ここに独立採算制の重要性がある。経営の合理化と能率化の必要がある。会計制度が改革されねばならない。いなもっと遡って現在の国営方式の根本的再検討さえ行はれねばならない。

ということで、昭和22年当時から国鉄を抜本的に改革するために何らかの方策を立てるべきではないだろうかという意見はあった事がうかがえます。
実際に、占領中という特殊事情があり、かつ国の予算も十分ではなく運賃値上げなども十分ではない中で、老朽化した施設がそのまま放置されているという状況でした。

以下は、「立ち上がる輸送」という映画からのキャプチャーになります。

画像 1 戦時中に酷使されて傷んだレール

画像2 大きく摩耗してフランジも殆ど残っていない車輪

画像 3・4 割れたガラス窓のままの客車とその室内

 

特に、三等車などは酷いもので、ガラスが割れたままの車両や、座席のモケットなども剥がされる、酷いものとなると、切り取ってしまう輩もいたりと言った手合いで、初期の80系電車に「エ」マークが染め付けられたものが使われたのも、盗難防止からでした。
ただ、当時は国鉄をどの様な形で独立採算制にしていくのかを検討するといった段階であり、GHQが示した、パブリックコーポレーションという概念は日本の国民は誰も具体的にどの様なものなのかは知らなかったこと。
更には、運輸省鉄道総局の中にも、心情的な抵抗があったとも言われています。

鉄道総局の勤務者は日本国有鉄道になったことを歓迎した
日本鉄道公社ではなく日本国有鉄道という名称になったのもその一例と言えます。
実際、国営鉄道から国が保有する鉄道に変わると説明されて納得した人もいたとかいないとか・・・、JGR(Japanese Government Railway)→JNR(Japanese National Railway)ということで、国鉄という組織は、鉄道総局的には、引き続き民主化された?同組織であり国の一機関であるという認識が強く、運輸省とは並立な組織であるという認識がなされていたようにも見えます。

次回は、パブリックコーポレーションについてもう少し掘り下げて見ていきたいと思います。

 

上記キャプチャー画像は、下記のサイトからアップしました。

 

 

注:なお、タイトルで、1948年製作と書かれていますが、特急つばめが冒頭に出てくるのと、一〇年前はと言う言葉が出てきますので、おそらく昭和26年頃に製作されたものと思われます。

 

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日本国有鉄道研究家・国鉄があった時代
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