本であるとか歌詞であるとか
何かしらを伝えたいがために生まれてきた文章っていうのは、必ずといっていいほど誰かの心に届くんだって思うのね。
こう、化石化したような心にも一滴の水が染み込んでくような。
俺の場合は文章にすることによって
自分自身の気持ちの整理だとかある種のストレスの発散だとかに使っているわけなのだけど
昔やってたブログなんかでも
ありがたいことに共感してくださる方がいて
なんというか
あー、こんな拙いものでも誰かのためになるんかな、なんて思ってたことをふと思い出したり
逆にその言葉をもらえると
気づかない悲鳴にも結果的に手を差し伸べることができたりしてるのかなあ、なんて。
務めさせてもらってる今の実家であるお寺でも
助けを求めてくる人は多くいて
経験の浅い、いわゆる若僧がどんな言葉を捧げれば、少しでも楽になってもらえるのかなとか。
そういう時に思うのは
辞書を開いて言葉を探してっていう
誰でもできることでは何も起こらないってこと。
本心でぽっと出てきた言葉でもいい
混じりっ気のないひと言が強い力を持つということなんだなぁということ。
試行錯誤すればするほど
なんか堅苦しくなってしまう気がしてさ。
言葉も心も、出るべくして出てくる
そういったものが本当は1番大切なんだなーと
眠れない夜にふと思ったわけでした。
共感が欲しいわけじゃなく
ただただつらつらと、思ったことをね。
今日のおやすみBGM
fishmans - 感謝(驚)