松下通信を支えた50人:川田隆資 | 松下通信を支えた50人
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松下通信を支えた50人:川田隆資


200912月某日3

「松田章社長が後継に指名した6代社長川田隆資は、当然ながら松下通信を支えた50人の代表的人物です。」

原田は、いつもより強い口調で説明を始めた。

「御成門近くのホテルでマスコミ関係者に対して行われた川田社長就任披露の会場で、経歴や人となりを初めて知った記者が、この説明が本当ならすごい社長、と驚嘆していたのを覚えています。」

中松氏は「ホー」と原田の顔を見た。

「社長就任後は、まさに記者が驚いた通りの破竹の活躍でした。会社として常に若々しく成長を常に何かに挑戦を、と訴え、通信事業・プロAV・カーエレの3つの分野で世界トップを目指すシステム事業で業界リーダーとなる、を経営方針に掲げました。どの事業部にも市場1位となることを求め、技術出身の社長にもかかわらず実現不可能とも思えるような目標を設定し、見事に実現させてきました。携帯電話やカーナビの分野でシェア1位を獲得できたのはまさに川田社長のリーダーシップの賜物です。産業用分野を担う松下通信で市場1位を目指せと訴えた初めての社長で、特に3G:第3世代携帯電話の開発では、オール松下の支援を得て、NECと共に世界最速での端末&基地局の商品化を実現しました。社長在任期間は、1993年からグローバル1兆円を達成した2001年までの8年間となりました。」

「川田社長時代の原田さんのミッションは?」と、中松氏が尋ねた。

「社長就任時は、私は技術本部で企画管理部長の任にありましたが、4年後に経営企画部長として社長の直属スタッフとなりました。事業部中心の松下通信では、本部スタッフにあまり力はありませんが、それでも特に松下電器との関係において好きなようにやらせてもらいました。経営企画部長を3年勤めた後、再び技術本部に戻りました。」

原田は、話したいことはいくらでもあるといった顔をしながらも、自分の話はポイントだけに留めた。


 

 

2週間後に続く

 

 

 


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