「成功しない原因は99%他人にある」

これは言い訳をするための方便でもなければ、

責任逃れをするための方便でもない。

目をそらしてはいけない事実である。


今ある結果は全て自分の選択した積み重ねであり、

責任だという人がいる。

よく自己啓発のノウハウではそう語られるし、

実際私自身もそれを実感した事もあった。

その間はなんでも出来ると思うほど力が沸き、

回りもそのように結果が反映しているように感じた。

だが、事実はそうではなかった。
引き寄せの法則だとか、

量子力学だとか、

本当はもっとその先がある。

みんな中途半端な理論に惑わされ、

上手く行っている時はいいが、
失敗した後は誰も責任を取ってくれない。

何故なら本人ですらも「自己責任」だと思っているからだ。

だが、そもそも「責任」とはなんだろうか?
誰がいつ作ったモノなのか考えた事はあるだろうか?

 

何故責任を取らないといけないのか?

何か悪い事でもしたのだろうか?


失敗とはそれほど悪い事なのか?

それを悪いと判断をするのは誰なのだろうか?



もし自分が悪くないと判断したのなら、

悪くないでいいのではないのだろうか?



だが、それを許されないのだとするなら、

きっと悪い・悪くないを決めているのは自分ではない

自分以外の存在なのだろう。


もしくは実際その者が今存在していないのならば、

きっと「自分は悪くない」と許して貰えなかった過去があったのだろう。



そしてその連鎖が今の社会を作っている。


これだけは断言できる。
この世界は誰一人悪くない。

そして全ては許す事が出来る。

これについては引き続き
少しずつまた説明していくとする。

 

 

もし本当は誰も悪くないのなら、
そもそも責められる必要もなければ、
その役目を任される必要もない。

 

原因があるのなら、それを改善し
再発防止すればいいだけの話だ。

何故誰かを悪者にする必要があるのか?

責任とは「責められるのを任される」と書く。

過失を犯した時に、罪を被る役目の事を言う。



誰かのせいにする事で

いったい誰が得をするのだろうか?



もし人のせいにしてはいけないのなら
同じく自分のせいにしてもいけないはずだ。


なら「誰のせいでもない」というのが真実ではないのだろうか?




だがそれを口する人は誰もいない。

自己啓発も成功者もみんな口をそろえてこう言う。


「全ては自己責任」

「自分のせいにすればすべては上手く行く」


確かにそれは心理学的にも
脳科学的にも
量子力学的にも説明がつくし、

 

間違ってはいない事も知っている。


だが、大事なのは
「それが全てではない」という事だ。

 

この理論にはさらにその先がある、

それ以前に、この四次元において
主観や客観、陰や陽のどちらかに傾いた時点で、

その理論は破綻しているんだ。


このようなノウハウや理論は、

精神の弱った人間を救うにはあまりにも不完全なモノだった。


だが、こんな事は誰も語りたがらない。
何故ならこんな世の流れを逆らうような事を言うモノなら「非常識」のレッテルを貼られ、
はみだし者にされるからだ。


そして、自己責任で病んでしまったとされる人間誰も救わない

 

救う知識もなければ、救おうとする発送も浮かばない。
そんな環境を常識を重んじる人達は、自分達の都合のいいように作っていくのだ。

 

成功する為にしなければならない努力は
選択する時に使う最後の1%のみだ。


じゃあ、残りの99%はなんだろうか?

 



残りの99%を殆どの人は一般論や常識の刷り込みによって

「言い訳」の対象とされ、誰も見ようともしなければ、

検証をしようともしない。

 


だから日本はこんなにも豊かなのにも関わらず、

これだけ精神が病む人が存在し、

自殺が絶えないのである。


ここから話すのは、
世の中の間違いだらけのノウハウに汚染された今の社会と、

 

その社会に可能性と将来を奪われ、

自分の人生を自分の思い通りに歩けなくなってしまった人達の為の

リアルな 「真実」 である。

 

 

 

 

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