「ホテルのマッサージ」         2025.5月

 知り合いの居酒屋のマスターの紹介で、ある宿泊施設の客室でのマッサージをすることになった。ただひとつだけ懸念材料があった。自分の治療院であれば、施術することが危険とみなされる飲酒や重い疾患が隠れている場合などは、お断りする場合や一旦医療機関での受診を勧めることがある。その裁量、責任は全て自分にある。しかしここでは私の施術を受けてくれるお客様であり、宿泊施設の宿泊客なのだ。施術方法はマッサージ師に委ねられているもののリスクにどう対応するか不安があった。私はどこにいようと治療院と同じように臨むことにしている。プロなら触っただけで分かるのだろうと、多くを語らぬままベッドに寝てしまう。「旅の疲れを癒すだけ。」という雰囲気に流されてはいけない。

 客室に赴くとお客様は首を寝違えていた。そういう場合患部を刺激し過ぎると筋肉の炎症を助長させてしまい逆効果になる。それを踏まえて痛みの箇所から離れた部分の操作を試みていた。しかしそこではないと自らの手で私の手を首に誘導しょうとする。日本語が全く話せない方だったので、英語でこちらの意向を説明した。こういう場合はよりシンプルな施術に留め、時間を短縮し、余計な刺激を与えず体の持つ再生力に任せた方が効果的だ。マッサージのお陰でその旅を台無しにしてはならない。

 そんなシビアーな体験ばかりではなかった。体の特徴を見極めた後に施術を行うと終了後「体のことを詳しく診て、説明してもらったのは初めてだ。」と喜んでいただき、チップをいただいたり、名刺を要求されることもあった。

 環境を変えたことで新しいアイデアが生まれることにも繋がった。治療のマインドを持った慰安的マッサージとでも言うのか、初心に返り、忘れかけていたサービスという観点から施術に対する考え方が変わる経験になった。開業30年も経つと色々なことがマンネリ化し、技術や考え方が劣化してしまう。今回のこの貴重な体験のチャンスを与えてくれた居酒屋のマスターには感謝している。


 「うみをピカピカにしよう!」       2025.4月

 子どもの頃に遊んだ二宮の海にもっと触れ合う機会を作りたいと、8年前から毎月第4日曜日の10時から梅沢海岸の清掃を行っています。最初は後輩に声を掛けると、その友達が友達を連れてきました。次第に人数が増えていき、今では20名ほどの参加者で活動しています。朝から海岸に出て無心でゴミを拾い集めると達成感が湧き、家に帰ってからのコーヒーがおいしいのです。

 そんな気持ちのいい活動をもっと多くの人に知ってもらいたいとPR動画を作ることになりました。ゴミを拾うシーンだけではなく、何かもっと面白いものが作れないかと思い、オリジナルソングを作ることにしました。さて誰に作ってもらおうと考えていると、二宮出身のシンガーソングライター小梅ちゃんがいいと教えてもらいました。二宮のラディアンで演奏後に直接お願いすると、快く引き受けていただくことになりました。彼女は、後日実際にビーチクリーンを体験し、書いた詩は、素直な気持ちが表現され、ウクレレのメロディーが海に合います。特に私が好きな歌詞は、「ザクザク進む砂浜。」「板、くぎ、他にもたくさん落ちていたよ。」二宮の海は砂利浜で、踏むと本当にザクザクと音がします。そして板やくぎを拾ったのでしょう。なぜこんな所にこんな物が落ちているのだろうという物が海には落ちています。少女の率直な感想が綴られています。

 次にその曲に合わせてダンスを踊れたらもっと楽しくなるのではと思い、振り付けを考えてもらえる人を探していました。そこへうちに治療に来ている患者さんのご家族の方が振付師だったことを思い出しました。プロにお願いすることに気が引けましたが、お話しすると引き受けていただくことに。そしてこのダンスを誰に踊ってもらおうと考えていると、うみぴかに参加されている方に二宮西中のダンス部を紹介してもらいました。東京から振り付けの先生をお招きし、西中で最終チェックを行いました。

 そして撮影当日、梅沢海岸で、一般のビーチクリーン参加者にもダンスを覚えてもらい収録をしました。撮影や編集は私の弟が担当しました。こうして二宮ゆかりのアーティストのみなさんや多くの方々の力を結集して遂に完成したのです。動画は「うみぴか」検索。
「鳥の海」                        2025.3月

 裏返しの船、下半分壁のない家、海に近づくにつれ何もなくなり、割れたコンクリートの隙間から生える雑草が揺れていた。この堤防の先に海があるのは分かっているが、瓦礫の山に行く手を阻まれた。瓦礫に埋もれた一棟のピンク色のビルがあった。辺り一面全て破壊された泥色の世界に、原色が放つ異様さが脳裏に焼き付いて離れなかった。

 東日本大震災の津波の甚大な被害を受けた宮城県亘理町に、私達は震災直後から数年間、毎年災害ボランティアとして被災者にマッサージを行っていた。そんな経緯があり、この町には思い入れがあった。

 この3月上旬、再び亘理町を訪ねた。瓦礫はきれいに撤去され広い芝生の公園に整備されていた。そびえ立つ堤防によって海に近付けば近付く程海が見えなくなる。その堤防の下にあの建物は今も建っていた。当時は白黒の世界の中に異彩を放つ蛍光ピンクに見えた外壁は実際は茶色だった。この建物は当時から宿泊もできる温浴施設だった。津波はこのビルの2階まで達したと言う。私は一度この最上階にある露天風呂から堤防の向こうの海を見たいと思っていた。エレベーターで5階に上り、更衣室で服を脱ぎ、湯気をかき分け、ドアをもうひとつ開けた。そこには天空の露天風呂があり、太平洋を見渡すことができた。湯に浸かりながら隣にいた地元の人に、震災当時の壮絶な体験談を聞いた。

 駐車場に降りてきた時、堤防頂上に行ける長い階段が目に入った。しかし、威嚇してくるような壁は近付くことさえ躊躇させた。海を見るなら津波に耐え生き残ったこのビルの方が堤防の上より安心だと本能的にそう思ったからこのビルに上ったのだと今分かった。こんなにも巨大な壁を作らなければならなかったのか。それを乗り越えた水の量とはどんなものだったのかを想像するだけでここから逃げたくなる。露天風呂で話をした男性は町の復興を見守りながら住み慣れたこの町で暮らしていくと語っていた。

鳥の海 阿武隈川河口南にある土砂の堆積によってできた湖




「治療院ってどんな所ですか?」            2025.2月

 大磯駅から図書館を通過し、国道一号線を渡って海へ向かった道路沿いにあります。指のマークの赤い看板が目印です。ビッグマッサータハラとは、デカいマッサージ師という意味です。白いドアを開けるとマッサージベッドが一台置かれるだけのシンプルな治療院です。床は無垢の板張りで壁は漆喰塗り。窓からは光が差し込み、夜の照明は折り上げ天井になっていてライトが眩しくならないようになっています。大磯在住の建築士さんにマッサージされる側の視点で設計していただきました。治療院は健康になる場所なので、気持ちの良い空間になるようにこだわりました。天井にロングボードが掛けられサーフショップかと言われますが、私自身が一番リラックスできる空間かもしれません。

 医学には西洋医学と東洋医学があります。西洋医学は薬や手術によって悪い所に直接アプローチします。東洋医学は人そのものにアプローチします。内面も含め体全体を見て、聞いて、触って、動きを見て全体を観察します。相手の悩みがどういうものなのかを想像することから始めます。その次に姿勢や体の使い方の特徴を捉え、症状の原因を説明します。後は私に任せて下さい。手技による刺激を最小限に留めて施術します。改善が見られると元気になっていきます。私は「治療院は元気な人が行く所」だと思っています。ビッグマッサーに来ている人は、明るく元気な人ばかりです。元気な体を見せてください。元気だからこそ定期的に健康状態をチェックし、ベストコンディションをキープすることが再発の予防につながります。




「2対8」                            2025.1月

「2割の痛さと8割の気持ち良さ。」患者さんに治療の感想を聞くとこんな言葉が返ってきた。これを追求してきた。自分が意図してやってきたことを評価してもらい嬉しかった。
 緊張すなわち収縮している筋は触ると痛い。慢性的に筋肉が収縮し、硬くなっているポイントに刺激を与え、血流を促すことで老廃物を除去し、筋の緊張を緩めることを目的にマッサージをする。ポイントを捉え、どういう指の使い方でどのくらいの圧をどのくらいの量加えるのか。それが試されるのだ。

 そしてここからが大事な話だ。収縮した筋の裏側には必ず伸びた筋が存在する。伸びた筋はマッサージで縮めることはできない。眠っていたかのように伸びてしまった筋に対して自分で筋肉を収縮させて呼び起こすのだ。全力で収縮しようとすると縮んでしまっていた裏の筋が自然と緩んで働きを応援するようになっている。こういった生理現象を利用して運動療法を施すことで収縮と弛緩のバランスが整う。そうした療法をマッサージの後に加えることで、正しい本来の体の使い方が蘇り、爽快感を味わうことができるのだ。

「究極のマッサージ」とは、相手の悩みを理解することに始まる。問題の場所はここだということを痛みという飛び道具を使って再認識させる。それだけでも気持ち良くはなる。しかしその感覚は一時的なものに過ぎない。次のステップは自らの体を運動させ、動ける体にすることだ。2割の痛さの後に来る8割の気持ち良さの中にはこの要素が多分に入っているはずだ。