「高校の親友」2025.9月
中ランにドカン、パンチパーマにヨーロピアン。昭和の高校時代。出席番号後ろの席の友は水泳部に所属し、私と同じ長身でやたらと声が大きく、人の似顔絵を描くのが上手く、いつも授業中に先生のものまねをしてクラスを爆笑の渦に巻き込んでいた。
高校を卒業した後連絡を取ることもなく3年の月日が流れた。私は短大を卒業したが就職もせず、アルバイトとサーフィンに明け暮れていた。自分が腰痛になったことで、人の体を治すことに興味が湧き、マッサージ師になるため小田原の鍼灸マッサージ師の専門学校を受験することになった。そこは高校のサッカー部で毎日練習していたグランドの目と鼻の先にあり、周辺地図を知っていたので車で行き、駐車できそうな所を探していると前から見覚えのある男が坂を登ってくる。「田原お前こんな所で何やってんの?」偶然あの後ろの席の同級生と再会したのだ。高校の時はただふざけ合い、将来何になりたいなど全く考えていなかった二人がどうしてこういう経緯になったのか身の上話もする間もなく試験は始まった。確か一般教養と面接、小論文だったと思う。彼は鍼灸マッサージ課程を受験し、私はあん摩指圧マッサージ課程だった。鍼灸の方が難しく倍率が高いのだ。彼は2週間後の姉妹校湯河原校も受けるという。「何で鍼灸を取らないんだ。鍼灸も取っておけ。将来やらなくもいいけど、取っておいた方が自分のためになる。一緒に湯河原を受けようぜ。」と説かれた。結局受けることになり、共に湯河原校に合格した。
当時この種の専門学校は地方にはなく、遠方から学生が来ていた。皆まじめに授業を受けているのに私たちは高校のノリで先生のものまねをして盛り上げようとした。(いや邪魔をしていたかも)2人とも楽しく3年間勉強し、無事国家資格を取った。
またお互い別々の勤務先に就職した。今となっては親友のお陰で東洋医学を学ぶことができ治療に役立っている。彼も地元で治療院を開業し、また患者さんを笑わせていることだろう。
