あの、誤燕騒動のあと、意識も、はっきりせず、混沌とした状態
が、つずき、なかばあきらめモードに入っている私でした。
療養というポジティブでない医療の実態をうけいれるのには、
まだ時間がかかります。生きている間は、どんな状況であれ
最善の処置を、施すのが私達の使命だと信じています。
看護師として、理性的に振舞ってきましたが、それでは、人間味
がなく冷たいですよね。自分の親が入院して初めて、メタルテック
な部分に触れ、生き詰まりさえかんじました。今回の、病院の
過失に対して、意義を唱えましたが、国の、方針だから、責任は、
ないと言い切られてしまいました。しかたないですね。
こんな状況下の中で、本来の人間的な心情を置き去りにしながら
複雑な面持ちで看護をされる彼女達に、感謝しています。
昨晩、面会にいくと、目を見開き涙を、流し手を伸ばして来る母があり
ました。構音障害の為にはっきりとはわからないのですが、話しかけて
くるので驚きでした。朝霞台では、かなりはっきり話せていたので
それと比べると残念ではありますが、彼女が話したいという意思を
もって生きる意欲をみせてくれらことで、今までの病院での過失が
どうでもよくなりました。母は、私の手をわしずかみにしがみついて
手をはなそうとは、しませんでした。母の意識が、昨日よりもクリアに
なっていることに感謝です。目に涙を浮かべ「ありが・・・」
と言いかける母を、想像できませんでしたので、奇跡が起きたんだと
おもってます。母の介護を通して、悔しい涙、悲しい涙、・・いっぱい
泣きました、でも昨晩は、うれしさと命のいとしさに泣きましたよ。
ありがとう!ありがとう!神様って心のなかで叫んでました。
母に、感動をありがとうといいたいです。