ステーキ食いやがれ徒然日記~22 | 林下清志オフィシャルブログ「ビッグダディ~俺の米粒~」
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25日よりマンボウ、いわゆる"まん延防止等重点措置"の枠に入ります。

当店も店内営業はランチタイムのみとし、アルコールの提供は一切致しません。


行政の様々な指導や要請に対して、これまでは

「うちは通常営業をする」 

という飲食店に対して心のどこかで

「頑張れるところは頑張って欲しい」

という、応援する気持ちもありました。

当店は常に指導や要請に従い営業をしてきましたが、そこに一点の曇りもない納得や合点があったわけではありません。

助成金などの保証があることは有難いですが、商売というのは看板を点けていなければ先が見えなくなってしまいます。

時期が来て制限を取り払い通常営業に戻したからといって、直ぐに以前のようにお客様が戻って来てくれるわけではありません。

そんな不安を抱えながらも

「苦しいのは当店だけではない」

という気持ちで、他店との共同意識のようなものを勝手に持ってやって来ました。


まん延防止等重点措置の根拠もよくわかりませんし、明確に数字で示されるような到着地点もわかりません。


簡単にいえば、行政の指導だから従うというだけです。


ですが、お店を維持し守るためにその枠の中で…

当然、もがいてみようとも考えるわけです。


Uber Eatsの配達員さんが朝七時から出勤しているらしいので当然その時間からTAKE OUTとUber Eats営業はしますし、店内はランチタイムだけですがTAKE OUTとUber Eatsは引き続き午前0時までやります。

店内に18時間以上いることになりますが、それもわずか半月余りのことです。


出来ないわけがありません。


このコロナ禍の中で経営者の方々は本当に頭を抱えているのだと思います。

吾輩のような雇われの身は、そこを察して鑑みてそして行動しなければと思うわけです。

願うような結果が出るのかどうかはわかりませんが、何もしなければ何も起きないことは確実ですからね。


「これはなかなか大変だな」


という思いは正直にあります。


しかし五十代半ばを過ぎたこのタイミングで

「やれることはやってやろう」

という気持ちになれるシチュエーションに出会えたことは、不謹慎な言い方をすれば個人的にとても有益なことでもあります。


吾輩が柔整師の免許を取得した頃は、まだまだ徒弟制度が残っていた時代です。

師匠の元へ内弟子に入ったのが21歳でした。

誰よりも早く起きて掃除をし開院の準備をし、寝るのは師匠が寝室に向かうのを確認してからという生活でした。

兄弟子と一緒でしたので部屋に戻ってからは兄弟子が寝付くまで、兄弟子をマッサージしてからが自分の時間です。

もちろんまだ未熟で下手なその手技に兄弟子からは様々な文句を言われながらですが、それが後々師匠に

「マッサージをしてみなさい」

と言われた時に、普段から練習をしているという評価に繋がるわけです。


弟子というのは、いわゆる従業員という立ち位置とは似て異となるものです。


我々内弟子は院内に寝泊まりし食事も師匠御家族と一緒に頂きます。

しかし休日も洗濯があったり庭の草取りなどの雑務の傍らで、常に急患に対応する心構えも持っていなければなりません。

大袈裟に言えば24時間、仕事から気持ちを離さずにいるということです。

実際に、師匠が熟睡しているところに急患の依頼がありお願いしたこともありました。

骨折であるとか脱臼の患者さんがその整複を整骨院でと希望することの多い時代でしたから…


仕事中は少しでも覚えねばと雑務をしながら師匠の仕事をずっと見てはいましたが、患者さんに触らせて貰えたのは数ヶ月先でした。

もちろんそれも、ほぼ回復されて社会復帰目前の患者さんばかりです。

そうすると

「受傷直後の患部に触ってみたい」

とか

「早く一人前の仕事をしたい」

とか

「師匠の信用を得て患者さんの信用も得たい」

という気持ちが日に日に強くなり、仕事に対しての集中力にもなっていくわけです。


この全世界をとりまくコロナ禍の環境の中で

「どうすればいいのか」

と考えながら働くのはあの兄弟子時代の気持ちに似ています。 

この年齢で、またそんな気持ちで働ける時が来るとは思ってもいませんでした。


思えば随分長く、世の中を舐めて生きてきたものです。


半世紀以上を生きてきて懸命に働いたのはわずか15年ぐらいでした、内弟子時代と借金を背負って働いた10年ですね。

返済に追われて働いていた時は8人もいる子供らをほぼ放っといて昼も夜も働いていましたが、その時から

「借金が終わったら経済活動は食べていければいいというぐらいにして、ゲップが出るほど子供らと時間を過ごそう」

と決めていました。


そして三十代後半から五十代にかかるまでそのように生活出来ましたから、有り難く幸せな人生だったわけです。


そして自らの役割を終えたら社会からも、そして親としても少しずつフェードアウトして行こうと思っていたわけです。

ところがアクシデントがありそのようにいかなくなったところに、このコロナ騒動が拍車を掛けてきたのです。


気楽に暮らしてはいけなくなりました。


しかし齡まだ56歳、我が人生のこの時期にこの"踏ん張らねば精神"を引きずり出してくれたことには感謝の念しかありません。

吾輩のような人間は、所詮何か理由がなければ頑張れないのですよ。


この歳で、まるで小僧のような気持ちで…

あの内弟子時代のように働けることが、有り難くもあり新鮮でもあります。


何よりも、息子が五十代半ばを過ぎた時に

「親父はよくやってたな…」

とでも思い出してくれれば本望です。



そう思ったり、こう思ったりしながら…


今の状況を楽しみながら、乗り切りたいと思います。




はい、左様なり♪