こんにちは。Bibakoです。


あのぉ〜、私には考えられないんですが…今の幼稚園や小学校でのお母さん方の友人との付き合い方。

この間、子育てママのブログを読んでいたら、小学生のお子さん持つママのブログで、学校のPTA関係のボスママが嫌いだったので、はじめ露骨に避けた態度をとっていたら、ボスママから襲撃をくらい、仲間外れ的にされたらしい。

そのあと、いろいろ考えて、ボスママのことを、褒めるようにしたら『今までのことは、許して差し上げるわね』と、ボスママからお話しがあったらしく、ホッと肩を撫で下ろした的な内容だった。


コラァー!これ、間違ってるぞ!このブログの作者も、ボスママも。





何が今ままでのことは許す?あんた一体何者なんよ!この世は、あんた中心で回ってないんだよっ!

それに、この作者さん。付き合いが何か知らないけど、嫌いな人何故付き合う?更には媚び売る?考えられませんが、私的には。

絶対、私はできない!これも、私なら、格好良く『名誉ある撤退』として、ボスママに、言いたいことをみんなの前で言ってから、その仲間から外れるわ!

絶対に、そんなボスママ、みんな心の中では嫌ってるに違いないので、後に続く人がいるかもしれない。心の中で拍手してくれる人も絶対にいると思う。


あのさ、そんなママ友如きに、上下関係つけられる覚えはないのよ!それもと何?ボスママの会社で働いてるの?ボスママから、給料貰ってるなら、多少、ボスが嫌でも背に腹は変えられないと、仕事を失いたくないから、媚び売る、または、逆らわらないは有りかもだけどね。







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いつの頃からか?はわかないけど『ママ友』って言葉が市民権を得て、今や普通の日本語の語彙として使われている。

そういえば、私にもシンガポールに来てから以来、今も長くお付き合いしていただいている友人がおり、その多くは『元ママ友』であった。


シンガポールでの私の日本人の友人はみんな素敵な方々で、ママ友として知り合った方も、そうでない方も、とても付き合いやすくて、気さくな友人ばかりである。

その中にも、グループ的なものもあり、知り合った者同士、別の友人を紹介してもらって、気がつくと、自然な形で、グループ的な付き合いになってる場合もある。

これは、今の幼稚園や小学校でのママ友のグループと同じではないかな?とは思う。

でも、私達のママ友グループと現代に多く見られるママ友グループの決定的な違いは、私達は『個人を尊重している』事である。



何年か前に『既読無視』という言葉がライン上に登場した。

私的には、いいじゃん。人は忙しいから、ラインだと、いつでも、時間がある時に見れるので、返事が遅れて当たり前だと思うのだが…

そんなに返信がすぐに欲しければ、ラインじゃなくて電話すればいいやん。

今のママ友のグループって、何かしらみんなで、みんなで…と強制される的なイメージであり、個人は尊重されていないような気がする。

グループに参加?すると、その中で、2人だけで行動すると、ほかの人に目をつけられて、その2人はどこに行ったか?何をしてたか?と、詮索されて、まるで、スパイ扱いのように、ボスママに報告される場合もあるらしい。


そもそも、グループに『ボスママ』が存在する事が変だ!まるで、学生の乗りだ!いい歳した大人が何やってんだ?


もちろん、グループで行動するためには、何か、それを取り仕切るリーダー的な存在の方がいてくれると、後の人は楽である。

例えば、グループでのランチや夕食会、飲み会などの集まりも、その方がせっせと計画を立ててくれて、みんなに意見に聞いてくれると、ほかの人は何もしなくていい的な感じで楽である。

そして最終的には『あの人にお任せしておけば間違いない!』って事で、グループ内での信頼を集める方、そんな方はいらっしゃっても、グループのメンバーにとっても有り難いものである。

ただ、我々世代のママ友さん達は、それも、相手の負担を考えられる方々ばかりだから、そんな感じの方いらしても、次は私が計画するね…とか、その負担を担ってくださる方が必ずいらした。そして、その輪も広がるので、最終的には、みんなリーダーで、みんなメンバーという感じである。


とはいえ、私の友人達も私も共稼ぎで仕事を持っていたので、長く付き合っているといっても、そんなしょっちゅう会っているわけでもない。

また、グループ的にみんなで…という事も、あまりない。グループのメンバーの中で、2-3人単位の少人数で会うことの方が断然多い。

それに、誰が誰と会ってたとか、どこに行ってかなんてみんな気にしてないし、自分も別のグループにも参加しているので、そこの付き合いだけではないからだ。


私のように、シンガポール人家族として暮らす日本人の方々が、私にとっては、最終的には長く付き合える友人になるのだが、その中でも、家の所得の関係やご主人の人種により、その付き合い方は変わってくる。

つまり、シンガポールでは、私のように、日本人妻という立場で、シンガポール人の配偶者を持つ日本人は、狭い日本人のコミュニティの中でも、長くお付き合いができる、日本人の友人を見つけることは、そんなに簡単ではない。

最終的には、シンガポール人の友人も含めた形で、自身の友人というコミュニティが形成されると考えている。






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私はシンガポール人家族として暮らしているので、ママ友といっても、同じ境遇の日本人の友人に限られている。

はじめの頃は、全然わからなかったので、誰でも日本人だと友人になれた。

でも、そのうち、駐在員だと、せっかく仲良くなっても、必ずお別れしなければならなかった。

また、同じ境遇でシンガポール人のご主人がいる日本人妻の方でも、ご主人や家の所得が大きく違うと、そんな方々とは付き合えなくなった。つまり、自身の家とは家の格が違うという意味だ。


これは、日本でも同じである。


近所であっても、ママ友であっても、自身の家の所得とかなり違う家の方々とは、はじめ仲良くできても、やっぱりついていけなくなるものだ。

それは、社会のシステムのようなもので『類は類を呼ぶ』という事なんだと思う。

自分といろいろなバランス感覚が違う人や意見の合わない人と、無理して人と付き合う必要などないし、自身の家とも釣り合う形の方々が、やっぱり、長く続く友人になるのだった。






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ちょうど、私の子供達が、幼稚園や小学校の頃、日本でも、私の友人も結婚していて、子供を持って、同じくらいの学年である場合も多くあった。

当然のように、子供を持つ友人達は、それぞれに『ママ友』がいた。

でも大抵の場合は、子供が幼少期にいたその付き合いも小学校に上がると、また、別の友人ができて、子供が中学、高校に上がるともう、学校関係や子供を通しての新しい友人はいなくなり、最終的に残っているのは、もともと気があう『ママ友』が1-2人と、近所に住む子供の年齢も違うような、子供を通してというより、自身が見つけた友人、あとは、昔からの幼馴染的な友人に、落ち着くようだ。


なのに!

なんか最近のお母さん達『ど厚かましいママ友』とか『ボスママ』の存在に悩む人が多いようだ!





私的には、なんで?そんな奴と付き合う?全然友達じゃないやん。それに、その人に従ったからって、何か良い事ある?ないやん!ストレス溜まるだけやん!だったら、別れようよ。痛くも痒くもないやん、そんなん。


なんで、それができないかな?


しかも、コソコソ身を引くじゃなくて、はっきり『ダメ出し』を本人にして別れると、それを聞いた人、賛同してあなただけでなく、その人から去っていくと思うよ。そんな人達と仲良くすればいいじゃん。


たとえ、自分だけが抜けても、たかが『ママ友』やん!何か問題あるのかな?そんな嫌な奴と付き合わなくても、新しい友達見つけたらいいやん。


また、もし新しい友達見つからなくても、あなたは1人じゃないやん。少なくとも、子供がいるし、夫がいるやん。

子供が仲間外れ?そんなん、子供にも、はっきり教えたらええねん!


その子と付き合わなくでもいいって。他の友達と遊べといえばいいって。


それから、もし、我が子に対する仲間外れ的なことを、そこの子供がしてるなら、はっきり、そこの親に言えばいい『お宅の子供は、この歳でイジメの加害者になる芽をもってる!エンタル大丈夫か?どんな躾を家ですればこんな風になるのか?』と、怒鳴り込んでもいいと思う。



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最近の人達は、人との繋がり大切にしたいといいながら、こんな変なコミュニティの中で、自分を殺して生きる…なんか、間違ってないかな?

更には、日本人は人の事が気になり過ぎるのだと思う。シンガポール人なんて、全く、人の事は気にしていない。余程の事がない限り、普段は他人の事は気にならないようだ。


日本人も『自分は自分。人は人』と考えられると、ママ友の事やボスママの事なんて、全然悩まなくていいかも?とも思う。


なんで結婚してまで、学生のような付き合い方しかできないのであろう?
結婚すると、みんなそれぞれの家庭のサイクルがあるし、結婚でなくても、働いていてもそうだ。

いつまでも学生気分でいるか、ボスママとか、仲間外れとか気になるのだと思う。
ほんとに、最近の日本人は『幼稚』過ぎる。大人は、もっと、相手の事を尊重した付き合いができないといけない。


そんな事もわからないなら、もう一度、小学校からやり直したらどうだ?