実は私、シンガポールにもう何十年?というくらい長く住んでいるにも関わらず、英語が下手だ。

もともと、日本にいるときから、外国には全く興味なく、英語なんてとんでもない!状態で、私は海外とは鎖国状態にあった。

でも、私はなんと、いとこがアメリカ人でもあり、幼い頃から、やる気さえあれば、英語を生で学ぶ機会はいつでも整っていた。そんな恵まれた環境にありながら、私は中学の時、初めて英語の勉強に触れどうしても、好きにはならなかった。英語は、出会った時からそれ以来、全く興味がなかったが、かといって等閑にもできなかったので、丸暗記方式でずっと乗り切って、高校生のときも、大学受験は推薦で論文勝負と決め、英語は全くといっていいほど、おさらば状態だった。

よくよく考えてみると、いとこまでアメリカ人だという事は、私がその状況下に生まれた事自体、英語が私を呼び寄せたのかも?しれない。でも、私はできるだけ、英語は自分とは無縁と決めつけずっと無視していた。

さて、そんな私が何故?外国(シンガポール)にやって来たのか?
それは、運命のいたずらか?、天に吐いた唾が自分に降って来たか??
運命の人、旦那がシンガポール人。不幸中の幸いなことは、彼は日本語がペラペラだった。
あまり深く考えず、当時私は、結婚適齢期をとっくに過ぎたと言われる行き遅れ状況にあったので、とりあえず結婚しなくちゃ的に、旦那が日本語できるから、なんとかなる!的にシンガポールにやってきた。🇸🇬

しかーし!世の中は甘くなかった。旦那は毎日仕事に行くので、家に残された私には、頼る相手がおらず、英語を何とか自力でやるしかない!という状況に追い込まれた。
また、当時同居していたおばあちゃん(今はもう天国に😭)は、中国系シンガポール人だが、英語も日本語も話せず、広東語を話していた。

そんな訳で、私は英語のみならず、広東語までも使わなければならない状況に追い込まれた!絶対絶命の状況だった。😅😫

ところが、私は人間が持つ本能に目覚めた!😃
日本語のない環境に追い込まれたことで、火事場の馬鹿力は私にも存在した。💪
半年も経たないうちに、広東語はかなりわかるようになり、おばあちゃんとのコミュニケーションが益々楽しくなった。英語は、相変わらず、上達とまでは言わないが、少しはできるようになった。それは、家では、旦那が日本語ペラペラなので、旦那とは日本語。おばあちゃんは英語も日本語もできないので広東語だけ。てな訳で、私は英語よりも広東語のほうがうまくなった。

このまま、広東語ができると問題ない的に、順調に時が重なる…と思っていたら、おばあちゃんが亡くなってしまい、それと同時に、広東語も使わなくなると、だんだん忘れてしまい、結局は英語を頑張らなくてはならない状況に、再び追い込まれた。

私は運命的に英語から、逃れられる事がないと悟った…😭😭
それからは、少しくらいはできるようにと、誰彼なしに英語で話すように心がけた。
そうこうしているうちに、私の英語が上達したのではなく、周りのシンガポール人が私の下手な英語が理解できるようになってくれた。
なんて、シンガポール人は親切なんだろう?

それに甘んじて、ん十年。それを良しとしてしまった事で、今でも、私は白人系と話すのは大の苦手だ。
ところが、また、運命のいたずらに出会った。娘に最近できた彼氏が白人、息子の気に入った女の子もハーフの白人、はたまた、私までもがたまたま新しくできた友人が白人…怖すぎて。

また、英語から逃れられない運命を悟った。特に白人系の英語は、ブリテッシュでもアメリカンでも私には同じ様聞こえるし、オーストラリアンでもカナディアンでも、これまた同じ。多少の発音の違いしか聞き取れず、それ以前に、白人の英語は、語彙のお尻と次の語彙の頭がくっついて聞こえるため、本当のところ「何言ってんだかぁ?」になってしまう。

でも、自分の友達が白人という事は、もう少し語彙力がふえるかな?