星探しの記事です。

 

 

 

前回の記事でも書いたのだけれど、

 

草薙の剣が盗まれておらず、

そもそも686年に草薙の剣は、初めて熱田神宮に祀られた、とすると

 

日本書紀や古事記に描かれた「草薙の剣に関するエピソード」は

全部作り話しということに。

 

↓前回の記事

 

ヤマトタケルは、倭姫から草薙の剣を預かっていなかったし、

伊吹山へ迎う前に、宮簀媛に預けてもいない。

 

そして、

 

草薙の剣にまつわる話しが作り話しだとすると、その他の剣にまつわるエピソードもごっそり作り話しなんじゃないかということになり。。

 

それは、石上神宮の祭神である3本の剣にまつわるエピソードからも伺い知れて。

 

 

剣は人の意識を目覚めさせるものであり、逆に目覚めを封じるものであり、

目覚めに関わるエネルギーそのものであり。

 

つまり、そういうことになるし、

そういう話しが神様のエピソードとして日本の神話に描かれていることになる。

 

 

国の創世記に、意識の目覚めに関する話しが、繰り返し登場人物を変えて語られる意味。。。。

 

なんだろな。

どういうことなんでしょうね?

 

まだモヤモヤとしてて、答えは出ません。。。

 

でもここに、次への大事な「何か」があるような。

 

 

 

 

 

で、ここまでいろいろ見てくると、ヤマトタケルは本当にいたのかなー?と

かなり怪しくなってくるw

 

 

これまでも、ヤマトタケルに関するエピソードが、星を探すヒントになること度々。

 

何か関係があるに違いないとは思っていたけれど、

 

ここにきて何やら、ヤマトタケルの西征と東征のルートが、星の全体像と重なるんだよなあ。

それに中央構造線とも。

 

 

↓ヤマトタケルの西征と東征のルート(赤:古事記、緑:日本書紀)

*写真はこちらよりお借りました。

 

↓星の全体像イメージと中央構造線(赤い線)

>>地上に描かれた星の「全体像」② 春夏秋冬の星が描かれた日本の大地

 

 

ね、なんか似てるでしょう。

 

やっぱり、ヤマトタケルの物語りと星は関係してると思うのです。

 

 

そして、実はもう一人、同じようなルートを移動してる人がいる。

 

 

それは

 

「神武天皇」

 

言わずもがな、日本の初代天皇。

 

 

 

↓神武天皇の東征ルート

 

グルッと熊野の方へ回り込む点はヤマトタケルと違うけれど、

そこまでのルートは似てるよねえ。

 

前回も書いたけど、

神武天皇は熊野のあたりで、高倉下(タカクラジ)から剣を渡されて、

その剣の霊力で戦に勝利する。

 

そして、その剣は今は石神神宮に祀られている。

 

そうなると、

 

神武天皇の東征ルートも、人の目覚めに関係してて、つまり星信仰や、

地上に描かれた星の場所とも関係しているような気がしてくるのです。

 

 

で、もし、ヤマトタケルと神武天皇の移動ルートが地上に描かれた星と関係してるとしたら、ここで1つ大きな疑問が浮かぶ。

 

 

なんで、どっちのルートにも四国が入っていないのか?

 

 

調べてみると、ヤマトタケルを祀る神社は、四国にいくつかある。

ヤマトタケルの逸話も残る。

 

でも、日本書紀や古事記には、そのエピソードは載っていないんだなあ。。

 

この、逸話は残るけど日本書紀や古事記にエピソードがないパターンは、

これまでの星探しの中でも何回かあって。

 

最終的にこういう場所を起点に調べると「星」となる古代の祭祀場につながるんだよね。。。

 

 

星は、中央構造線を基軸に地上に描かれている、

そんなイメージが浮かんでいる。

 

その中央構造線がばっちし横切っている四国を

なぜ、ヤマトタケルは通っていないのか?

 

星とヤマトタケルが関係しているなら、四国を通っていないのはおかしい!

 

それに、これ、神武天皇の東征ルートも同じじゃん!

 

こんなに近いところを通ってて立ち寄らないとか、ある?おかしくない?

 

 

 

理由はよくわからないけれど、

 

四国を表に出さないようにしてる。

 

そんな風に見える。

 

もしかして、四国は大和じゃなかったとか?

別の国だったなら理解できるかも。

でも、そんなわけないんだけどなー。

 

 

調べてみると、そもそも、古事記、日本書紀には、四国のエピソードが超少なくて、

最初の国生みのシーンこそ淡路島から始まるけれど、それ以降、どうも出てこない。

 

これって、なんか、おかしくない?

 

 

この疑問がさらに深まったのは、この間、草薙の剣盗難事件の謎解きをしてる時で、

 

南海トラフ地震である白鳳地震では、相当被害が出てるはずなのに、阿波国の被害の記載がないことがわかって、変だなって思ったんだよねー。

 

南海トラフ地震ですよ。阿波国(高知県)は相当な被害が出たはず。

なのに、なぜ。。。。

 

 

 

日本書紀や古事記が編纂された時代、

天智天皇や天武天皇、その後の持統天皇の時代あたりまで、

四国に何か秘密があるのかなあ?

 

四国に触れてはいけないものがある?

 

つまり、隠されていた?

 

 

 

これまでも何度か書いてきたけれど、

 

日本書紀や古事記の編纂時期は、意識の降下が起きた時代。

 

内憂外患による地球意識への急激な降下。

律令政治、専制君主の強化、天皇の神格化と太陽神との一体化。

 

この時代に、触れられないということは、

この変化へ反抗するものがあったということを示している気もするし。

 

集権国家へ反発する何か。

太陽神への信仰の移行に反対する何か。

 

さあ、なんでしょうね?

 

 

 

 

四国には、行基や役小角の時代から修験者の修験の道「四国の邊路(へじ)」が存在した。

空海もその道で修行した一人であり、空海亡き後、大師の足跡を辿る修行僧が旅を始め、それがお遍路の原型となったとされる。

 

行基、役小角、空海も、これまでの星探しの場所には、必ずと言っていいほど名前が出てきた人たちばかり。

 

↓役小角と足元の前鬼・後鬼

*写真はWikipediaよりお借りしました。

 

役小角は634年に生まれ、全国の修験道の開祖であり、賀茂氏とつながる氏族の出。(役氏は賀茂氏系)

 

またきましたね、賀茂氏。。

 

そして、壬申の乱では大海人皇子(天武天皇)側についたとされる。

 

大海人皇子は一時吉野に身を寄せるから、そのあたりのエピソードからも濃い繋がりが感じられるし、

 

星と四国と修験道と役小角。

 

これも何か、ありそうですな。

 

 

 

 

 

 

四国に何があったのでしょう?

 

モヤモヤするけれど、まだ答え出ず。

 

モヤモヤ記事つづくと、ほんとモヤモヤするw

 

と言いつつ、こういう感じの記事がまだあります^ ^;

 

 

つづく。