今日は星探しのお話しです。

 

 

 

この間、草薙の剣盗難事件を追ったら、実は盗まれてなかった。

というまさかの結論になり・・w

 

 

*草薙の剣盗難事件の謎解きシリーズ

 

>>草薙の剣盗難事件には、謎がいっぱい① 天智天皇と天武天皇と新羅のつながり

 

>>草薙の剣盗難事件には、謎がいっぱい② 時系列にしたら見えてきたこと

 

>>草薙の剣の謎が解けた!やっぱり開かずの門はもうすぐ開く!(前編)

 

>>草薙の剣の謎が解けた!やっぱり開かずの門はもうすぐ開く!(中編)

 

>>草薙の剣の謎が解けた!やっぱり開かずの門はもうすぐ開く!(後編)

 

 

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謎解きしつつ、熱田神宮の側でセッションして、あの場所で会うべき方々とお会いできて

 

なんだか1つやり遂げた感があります。

 

何をやり遂げたのかは、わからないけど・・・w

 

お会いした方々と、何かを交換した感じがするんだけど、それが何かは

よくわかりません(笑)

 

ただ、これから段々と紐解かれていく予感だけすごいあって、

 

今は、5/4の酔笑人神事と、5月に入ってからの変化を静かに待っている感じかなあ。

 

 

開かずの門が開き、ここからが本番。

そんな予感がする。

 

今は、激動の前のひと休憩なのかも、じゃあ休んどかなきゃ、みたいな心境です。

 

 

 

 

 

前回、草薙の剣は盗まれていなくて、686年に初めて熱田神宮に祀られたんだ、と

そうなったわけですが、

 

それって、熱田神宮の創建のエピソードにも関わるんですよねー。

 

 

そのことについて、ぼんやり考えていたら、何やら海の匂いがしてきたような。

 

 

 

 

 

 

 

熱田神宮は、景行天皇43年(紀元113年)に、ヤマトタケルが残した草薙の剣を、

妻の宮簀媛(みやずひめ)が熱田の地に祀ったのが始まりとされる。

 

でも、草薙の剣が熱田神宮に置かれたのは686年。

 

このヤマトタケルのエピソードも作り話しということだ。

 

ヤマトタケルのエピソードがごっそり抜けたら、熱田神宮はどう見えるんでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

熱田神宮の祭神は「熱田大神(あつたのおおかみ)」。

 

熱田神宮のホームページには、

 

三種の神器の一つである草薙神剣を御霊代(みたましろ)・御神体としてよらせられる「天照大神」のこととある。

 

その他、相殿には「天照大神」「素盞嗚尊」「日本武尊」「宮簀媛」「建稲種命(たけいなだねのみこと)」の5神が祀られる。

 

 

この話しから、ヤマトタケルと草薙の剣を引き算し、

さらに天皇(神)の神格化、太陽神との一体化に関しても考慮すると・・

 

 

熱田神宮は、「宮簀媛」「建稲種命(たけいなだねのみこと)」に代表される「尾張氏」と呼ばれる人たちが「剣の御霊代ではない熱田大神」を祀っていた場所なんだということが浮かび上がる。

 

 

こうなると「熱田大神」がよくわからなくなるなあ。

 

「熱田大神」が「草薙の剣」でも「天照大神」でもないとすると、そもそもは何の神様だったんでしょうね?

 

 

この疑問をよくよく考えると、海人族とされる「尾張氏」が、大地に描かれた北斗七星+1星の要の場所で、どんな信仰をおこなっていたのかにつながるわけだけど。。

 

 

 

やっぱり「海」にまつわる「何か」なのかな?

 

それとも、道教やカバラの知識を持ち合わせていたようだから、それらに関係する「神」を祀っていたのだろうか?

 

もしかすると、北極星や、北斗七星、もしくはシリウスやすばるなんかの恒星だったのか・・

尾張氏は、海人族は、「星神」を信仰していたのだろうか?

 

 

どうなのかなあ。。

 

 

 

 

 

これまでにわかった「尾張氏」のこと。

 

 

 

 

尾張氏は、海人族。

 

航海術に長け、水軍を持つ武闘派集団。

 

海の王「建稲種命」知多半島の先端、羽豆岬に住んでいた。

 

羽豆岬の眼前、日間賀島では古代からサメ漁が盛んだった。

 

尾張氏は、蛇を隠すもの、とされ、

 

大地に描かれた北斗七星+1星の要、熱田神宮を祀り、

その他の場所とも関わりがあった。

 

そして、壬申の乱では大海人皇子(天武天皇)側で勲を上げて歴史に名を残す。

 

 

 

 

 

 

 

こうしてみると「海人族」ってなんなんだろう?

実はよくわかってないかもw

 

 

ということで、改めて調べてみたら、

どうやら学術的にもあまり詳しいことはわかっていないらしくって。

 

でも、海人族の「海」には2系統あるようです。

 

 

■■ 海人族について ■■

 

海人族(かいじんぞく、あまぞく)、海神族は縄文時代から弥生時代以降にかけて

海上において活動し、のちには海上輸送で力をつけることとなった集団である。

しかし、学術的な研究としてはまだ進んでいない分野である。

 

海人族には、1.インド・チャイニーズ系と2.インドネシア系の2系統がある。

 

1は安曇系やその傍系の集団で、中国南部(江南地方)から東シナ海を北上、山東半島、遼東半島、朝鮮半島西海岸、玄界灘、九州北部に達した集団と推定され、日本列島に水稲栽培がもたらされたルートと一致しており、中国大陸を起源として九州に渡った弥生人の一集団で、倭人とほぼ同義であろうと考えられる。

 

2は黒潮に乗って縄文時代に日本列島に渡ってきた南島系の種族(隼人)の可能性がある。

日本列島では沖縄県、鹿児島県、宮崎県、和歌山県南部、三重県、愛知県、静岡県南西部などの県に2の末裔が数多く住んでいるとされる。

 

■■ Wikipedia 抜粋ここまで ■■

 

 

 

サメ漁の文化も辿っていくと、南方系の文化と重なる。

 

それに、宮簀媛(妹)と「建稲種命(たけいなだねのみこと)」(兄)のエピソードも

琉球とつながるんだよなあ。

 

尾張氏は、南方系の民だったんだろうか。

 

黒潮に乗って、やってきた人たち、なのかな?

 

これまでの点をつなぐと、そういうことな気がしてきたような。。

 

 

 

これまでにも、不思議と沖縄と星探しがつながることがあって。

 

まだフワフワしたシンクロばかりだけど、なんとなく今書いておきたい気分。

 

 

近々、沖縄、琉球と星探しのシンクロについて書きたいと思います。

(丁未の乱を書こうと思ってたけど、こちらが先の方が良いみたい。)

 

あと、もう1つ、ぼんやり考えてることがあるので、次回はそちらのぼんやりも書いてみます。

 

ということで、モヤモヤ系記事がつづく(笑)