地上に描かれた星探しのお話しです。

 

ずっと書きたくて書けなかった話し。

今日は地上に描かれた星の全体像について書いていきます。

 

 

 

 

 

 

先日、意識次元の話しを書きました。↓

この記事の最後の方でも書いたけれど、地上に描かれた星を探すには、

意識次元の違いを考慮することが超重要だと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、わたしたちは、地球意識から、太陽意識、恒星意識へと目覚める時代にいる。

 

でも、かつて古代の人たちは、恒星意識から太陽意識、地球意識へと真逆の道を進んだ。

 

そのことを、世界各地に残る星信仰から太陽信仰への変遷と、人が神になるという共通した物語が示す。

 

 

 

 

わたしが探している「地上の星」は、恒星意識が主流だった時代に描かれたものだ、と思う。

 

 

なぜなら、天の極みを中心に、歳差運動で北極星になる星(ポラリスやベガ)が、

歳差円上に描かれていて、星を描いた人の世界観は太陽系ではなく銀河系なんだとわかるし、

 

*詳しくはこちらを読んでね。

>>【地上に描かれた古代の星を探せ!】*3 <天の磐船と黄道の極>

 

 

 

実際に北斗七星を巡ってみて、地上に描かれた星を巡ると、天と地と人のつながりが増して意識の目覚を促すんだとわかったし、

 

>>【星の巡礼】北斗七星+1星は、蛇の道、龍の道、星の道。8星巡ったら見えてきたこと。

>>【星の巡礼】星の道を巡り、人は龍になる。

 

 

 

さらには、ナスカでも人々は地上に描かれた星を巡っていたことから、地上に星を描いて巡っていたのは日本だけじゃないよう。

 

世界の各地で起きていた「意識次元の降下」に、これまた共通した対策として「星を描く、星を巡る」が行われていたのかも、という可能性が見える。

 

>>ナスカの地上絵も星の道だった!星が世界をつなぐ。

 

 

以前、古代、イギリスでは、冬至の日にストーンサークルへ各地から人が集まっていた、

という特集を見たことがあるけれど、ああいうのも名残なのかもなぁ。

 

 

 

 

 

地上に星を描いたのは恒星意識を持つ人々だった。

 

その後、意識次元の降下が起きると、その流れに抗うように、

失った力を取り戻し、天と地とのつながりを復活させるために、

人々は地上に星を描き、星を巡っていた。

 

そして、それは、世界各地で共通して起きていたこと。

 

 

今はそんなイメージでおります。

 

そして、日本だと、おそらく縄文時代が恒星意識を持っていた時代にあたるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恒星意識を持つ人たちは、地上にどんな風に星を描いたんだろう?

 

そう思うとき、いつも浮かんでくるイメージがある。

 

 

 

それが、これ。

 

中央構造線

 

*写真はWikipediaよりお借りしました。

*赤い線が中央構造線、青い線はフォッサマグナの領域を表します。

 

 

中央構造線は九州には延びていないという話しも見かけたので、そちらも載せておきます。

 

↓黒い線が中央構造線

*写真はこちらよりお借りしました。

 

 

ただ、中央構造線の延長上に断層帯は集中しているようなので、

九州にもつながっているというイメージで話し続けます。

 

 

 

 

 

 

中央構造線は、九州から関東まで縦断する日本最古で最大の断層帯だ。

その長さ1000㎞

 

 

なぜか以前から、星はこの中央構造線を基軸に描かれている気がしてる。

 

 

 

以前は、ただイメージが湧くだけで、なぜ?の部分が自分の中でまとまっておらず・・・

だから書くことができなかったんだけど、

 

恒星意識の観点が大事なんだと気付いてから、なぜ?が少しだけわかったような。

 

 

 

 

 

かつて人は、星を巡り、天と地とつながろうとした。

 

だとしたら、星を描く場所にはきっと地の力が強い場所を選ぶ、よね?

 

 

 

断層には断層運動が起きていて、常にエネルギーが発生している。

 

 

 

↓断層運動のイメージ

*写真はこちらよりお借りしました。

 

 

大断層であれば、その分エネルギーも大きい。

 

昔の人は、このエネルギーを地の力として、捉えていたんじゃないだろうか?

 

それを裏付けるように、中央構造線の上には聖地と呼ばれる場所が点在する。

 

 

昨日ブラタモリでタモリさんも言っていたけれど、

「伊勢神宮」「豊川稲荷」が中央構造線上にあるのは有名な話しだし、

縁の深い「諏訪大社」も中央構造線の上にある。

 

他には、鹿島神宮や剣山、高野山、などなど・・

 

 

個人的には、太陽の道と中央構造線の交点に伊勢神宮があることが気になるんだよな。。。

伊勢神宮が、あの場所にある意味。そしてヤマトヒメの巡行の意味。

ここにも、恒星意識から太陽意識への意識次元の降下が関係してる気がする。

今は置いておくけど、そのうちつながりそう。

 

 

これまでに見つけた地上の星たちとも近いし、

 

北斗七星+1星なんて、エネルギーの渦があると感じた羽豆岬沖が、

まさに中央構造線のあたりで、これは関係あるとしか思えないw

 

 

*羽豆岬、羽豆神社のこと

>>【星の巡礼】北斗七星+1星を順に巡る① 羽豆神社、知里付神社編

 

↓グルグルのあたりが、ちょうど中央断層帯・・

 

 

 

 

じゃあ、恒星意識を持つ古代の人たちは、天と地をつながるために、

中央断構造線の大きな地のエネルギーを、どうやって、星とつなげたのだろうか?

 

どんな風に、大地に星を描いていったんだろう?

 

 

星の全体像も中央構造線が思い浮かぶと同時にイメージが湧いてて・・・

 

 

 

長くなるので、分けまーす。

 

②へつづく。