2019年1月。尾張に描かれた北斗七星+1星を全て巡りました。

 

巡ってみてわかったのは、北斗七星+1星は、エネルギーの通り道だということ。

 

そして、人の意識の進化を促す場所であるということ。

 

>>【星の巡礼】北斗七星+1星は、蛇の道、龍の道、星の道。8星巡ったら見えてきたこと。

 

>>【星の巡礼】星の道を巡り、人は龍になる。

 

 

星の道を辿ると、人の内なる星が天の星とつながり、

覚醒を後押しするエネルギーが受け取れる。目覚めに近づく。

 

 

 

 

 

年末からグラハムハンコックの本を何冊か読み始めてて、

もしかしたら世界のどこかに同じような仕掛けがあるかもしれない。

 

なーんて思っていたら、

 

以前見た「世界の果てまでイッテQ!」のことを思い出した。

 

それは、ナスカの地上絵を自分たちで書いてみるという企画で。。。

 

 

 

 

 

ナスカの地上絵といえば。

 

去年の11月ごろ名古屋市博物館のアンデス展でおもしろいパネルを見たんだった!

忘れてたー💦

 

 

↓2度目のアンデス展。ミイラに会いたくて行った。

 

*その時のこと

>> 2度目の「古代アンデス文明展」へ。

 

*ミイラに会いたかった話し

>>30年に1度の星回り① ネイタル金星とトランジット土星の合は「封印解除」

 

 

 

↓こちらが、おもしろいパネル。書いてあることが興味深くて写真撮ってた。

 

↓文章書き起こしました。

 

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□ナスカの地上絵

 

ナスカの地上絵はペルー南部海岸の乾燥した大地に描かれた巨大な印で、ナスカ文化が残した最も有名な”目に見える遺物”である。

1926年に初めて発見され、1994年には地上絵が世界遺産に登録された。

多くの人は地上絵といえば動物(クモ、サル、鳥、シャチなど)の魅力的な絵を思い浮かべるだろうが、実はそれらは地上絵全体からいえばほんのわずか。

パルパ及びナスカ地域には1万ほどの地上絵があると見積もられているが、そのうちの1パーセントにも満たない。

地上絵のタイプで圧倒的に数が多いのは、線であり、最も重要だったのは、大きな台形の地上絵だと考えられる。

地上絵は、一般に入口と出口がひとつずつの一筆書きで描かれている。

つまり、地上絵は「絵」ではなく「ある行動をするための場所」であり、周辺の多くの集落で暮らす人々がそこで儀礼として行進を行い、供物を捧げていたのである。

 

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イッテQ!でも説明があったけれど、ナスカの地上絵は基本一筆書きで描かれていて、

描かれた線の上を人が儀式のために行進するそう。

 

つまり、神に祈りを捧げる儀式として地上絵を使う。

 

なんかこの「祈りのために一筆書きされた絵を歩く」という点が引っかかったんだよなあ。

 

 

アンデス展もイッテQ!も、どちらも去年の11月ごろの出会いで、

北斗七星+1星探しが完成するまであと少しの頃。

 

当時は、星を巡ることになるなんて考えてなくて、

「星探し」と「ナスカの地上絵」がどうやって結びつくかわからなかった。

 

 

あれから数ヶ月たち。

 

見つけた北斗七星+1星を実際に巡り、感じたことが、

ナスカの地上絵で感じたことと共鳴する。

 

 

北斗七星+1星も、ナスカの地上絵も、どちらも古代の巡礼の道。

 

巡礼の道を、人は歩く。

 

 

 

 

 

 

・・

 

 

・・・あれ?

 

 

もしかして、

 

ナスカの地上絵の中にも、星座が描かれたものがある、かも?

 

 

 

 

 

もしかして、もしかする??

 

ふとそう思って、調べて見たら、

星を描かいたものがあるとかないとか、そんな話しじゃなかった!

 

 

 

なんと!

 

ナスカの地上絵で有名なハチドリやクモ、サルは

みんな星座を表してるんですって!!!ポーン

 

 

 

そして、ありました。北斗七星。

有名なサルの絵は、おおぐま座(北斗七星)を表しているそう。

 

 

他にも、クモはオリオン座らしい。にゃんと。。。

 


こちらは有名なハチドリ。ハチドリはさらにすごい。

 

くちばしの先の滑走路のような幾何学模様に1本の線が交差していて、

12月の夏至(南半球だから)の日の出の方向を指しているそう。

 

 

これってつまり、ナスカに地上絵を描いた人たちが、歳差運動を知っていたことを示すことになるらしい。

 

*ナスカの地上絵・参考ページ①

>> http://ww5.tiki.ne.jp/~qyoshida/kaiki2/145nasuka.htm

 

*ナスカの地上絵・参考ページ②

>> http://blog.looktour.net/vol-32/

 

 

ナスカの地上絵を描いたのがナスカ文明だとすると、紀元前100年から紀元後800年ごろだから、2000年前の人が歳差運動を知っていたことになる。

 

その頃、天文学が最も進んでいたであろう西洋で天動説が信じられている時代に、

歳差運動を知り、さらには地上に星座の絵を描いていた文明があった。

 

しかも、2000年前の星空をシミュレーションすると、サル(おおぐま座)、クモ(オリオン座)や、他の星座を表す動物の配置から、天の川とその周辺の星座を対象に、歳差運動の変化を観察していた様子が伺えるそう。

(太陽の運行状況とか、星座の位置の変化とかを観察してた。)

 

そして、測定の後の線も地上絵として残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上に描かれた星座と線かあ。
 

地上に描かれた線といえばレイラインが頭に浮かぶ。

 

 

日本にもレイラインと言われる線はいくつもあって、

冬至や夏至といった太陽の運行に沿ったものや、神社仏閣や遺跡を結ぶと直線になったりと、さまざま。

 

 

もしかして、日本の大地に描かれた星も、巡礼以外に、ナスカの地上絵と同じように

歳差運動を観察し、長期的な周期を把握しようとする目的があったのかもしれない。

 

レイラインと呼ばれる線との関係から、それが見えてくるかも。。

 

 

そういえば、北斗七星+1星が位置する知多半島の南には、太陽の道と呼ばれる有名なレイラインが通る。

 

↓北緯34°32”を通る太陽の道

 

*写真はこちらよりお借りしました。

>> https://www.nikkei.com/article/DGXBZO33355530S1A800C1000001/

 

この絵では見切れてしまってるけれど、伊勢斎宮跡からさらに右の方向へ進むと、

知多半島の先端、羽豆岬の南の沖あたりになる。

 

北斗七星と太陽の道の関係。

 

ここに何かある、かな?

 

 

 

この線を追ってみたいけど緯度経度出てくるとややこしくて、深掘りできるかなあ(汗

 

ちょっと頑張ってみようかと思うけど、何かお助け情報があればぜひお願いします(>人<;)

 

そろそろ地図や星関係に詳しい人とお近づきになりたい、と思う今日この頃。(切実)

 

 

この続きは進展あれば、星探しの続きで書いていきたいと思います。

 

たぶん、つづく。