こちら→【地上に描かれた古代の星を探せ!】*7 <北斗七星は生命の樹だった?(中編)>のつづきです。

 

 

今年の3月。

 

ダヴィンチの壁画展を見に名古屋市博物館へ行った。

 

 

*その時の記事 → ダ・ヴィンチ壁画展にて。

 

 

これ、想像してたのと違って、つまんなかったんだよねー。

 

つまらなすぎて、なんだか悔しくなって

 

いつもは見ない2階の常設展示に行ったのが縁で知ったのが

 

「志多見(しだみ)古墳群」だった。

 

志多見古墳群MAP

こちらよりお借りしました。

 

 

名古屋の古墳といえば、熱田神宮近くの断夫山古墳が有名で

 

あとは鶴舞公園の中にある古墳とか

 

それくらいしか知らなかったわたし、、、

 

どうやら名古屋には思ったよりたくさん古墳があり

(おおよそ200基)

 

その古墳の6割が「志多見(しだみ)古墳群」と呼ばれる地域に集中しているらしいのです。

 

 

しかもこの古墳。

 

尾張氏と関係があるようで・・

 

 

名古屋市博物館でも「尾張氏☆志段味古墳群をときあかす」で企画展をしたらしい。

(@2012年)

 

*企画展の概要 → 「尾張氏☆志段味古墳群をときあかす」

 

 

 

地図上だと、緑のマーク↓が志多見古墳群

 

 

 

位置的にねー、ちょうどいい場所にあるから気になってたんだけど、

 

体調悪くて手がつけられてなかったんだよなあ。

 

 

で、

 

回復してきて思い出し、調べてみたら、ビンゴ。

 

北斗七星の「日泰寺の位置」にモヤモヤしてたけど、

 

 

その答えはここ「志多見古墳群」だと思う。

 

 

 

志多見古墳群の中で最大の「白鳥塚古墳」の現在のようす

 

 

「白鳥塚古墳」の測量図

「前方後円墳」なのがよくわかる。

 

上の2つの写真もこちらよりお借りしました。

 

 

 

志多見古墳群の中で一番古い「白鳥塚古墳」

 

「尾張のはじまりの王の墓」と考えられていて

 

古墳の周りは白色の石英(つまり水晶)で覆われていたらしく

 

ヤマト王権の大王の墓と似ているらしいし

 

ヤマトタケルにまつわる伝説も残ってる。

 

 

□□白鳥塚古墳とヤマトタケルをめぐる伝説□□


ヤマトタケルが伊吹山の賊を征伐に行く途中、伊吹山麓でヘビに足をかまれた。

傷口がたいへん痛く、川で足を洗っていたところ、一羽の白鳥が現れた。

ヤマトタケルは白鳥に尾張まで連れて行ってくれと頼んだ。

ヤマトタケルをのせた白鳥は、尾張の東谷山の麓に着いたところで死んでしまった。

ヤマトタケルはその場所に白鳥を葬ったが、その墓が白鳥塚と言い伝えられている。
『東春日井郡誌』より

 

□□歴史の里しだみ古墳群HPより抜粋□□

 

 

以前、夏の大三角を探したときの重要なヒントが「ヤマトタケルの白鳥伝説」だった。

 

*そのときの記事

 → 地上に描かれた古代の星を探せ!④ <夏の大三角とヤマトタケル白鳥伝説>

 

 

あのときは、熱田神宮のヤマトタケル伝説漫画やWikipediaを元に、

 

「伊吹山の神様に敗れたヤマトタケルは、死んだ後白鳥になって西の方へ飛んで行った」

 

という話しを元に星探しをして。。

 

 

ところが今回知ったヤマトタケルの伝説はこの時の話しと、似てるようでかなり違う。

 

 

まず、ヤマトタケルが死んでないしね。(死んだのは白鳥)

 

そもそも伊吹山の神と戦ってないし、

 

「蛇」はあっちの伝説には出てこなかった。

 

でも、白鳥が飛ぶんだなぁ。ここは一緒。

 

なんだろう?何を示唆してるんだろう?

 

 

 

志多見古墳群は4世紀〜7世紀の間に作られていて、

 

古事記の編纂が712年、日本書紀の編纂が720年。

 

つまり、古墳の方が古事記や日本書紀より古くからあった。

 

 

ということは、古事記や日本書紀のヤマトタケル白鳥伝説は

 

志多見古墳群にまつわる話しを元ネタに創作されたのかもしれないなあ。

 

うーん、すっごく気になるw 

 

気になるけど、今はここを掘り下げるタイミングじゃない気がするから

今はここまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

志多見古墳群の中には神社もあって、

 

それが「尾張戸(おわりべ)神社」

 

*写真はWikipediaよりお借りしました。

 

 

この神社、古墳の上に造られてる。

(古墳の方が先に造られたのに、古墳の名前が「尾張戸神社古墳」とな。。)

 

 

社伝によると、

 

ヤマトタケルの奥さん・宮簀媛(ミヤズヒメ)の勧請による創建で、

 

祭神は、

 

・天火明命(あめのほおかり)=ニギハヤヒ

・高倉下命(たかくらじのみこと)=ニギハヤヒの息子

・建稲種命(たけいなだねのみこと)=ニギハヤヒの遠い孫

 

の3柱。

 

また、尾張戸神社のある場所は

名古屋で一番高い山:東谷山(とうごくさん)の山頂で、

 

この東谷山は「熱田神社の奥の院」と言い伝えられて、

古くから人々に篤く崇拝されてきた場所だし

 

近世だと「名古屋城の(鬼門の守護神)」として

徳川藩主より代々崇敬されてきたのだそう。


 

それに、尾張辺神社古墳の近くにある別の古墳には

巨石も含まれてた場所もあったようだし、、

 

尾張氏、古代祭祀、磐座、日本神話とのつながり。

 

少し調べただけでこれだけキーワードが揃うとは驚いた。

 

 

志多見古墳群、特に「尾張戸神社のある東谷山あたり」が

北斗七星の1星で第5チャクラに相当する場所にちがいない。

 

ちなみに・・

「熱田の奥の院」と呼ばれる場所はもう一つ「龍泉寺」がある。

空海が熱田神宮にこもっている時に熱田神宮の八剣のうち三剣をこの龍泉寺に埋めたという言い伝えがあって、

龍泉寺も熱田神宮の奥の院と言われている。

熱田神宮の八剣ってなんだろう。。。

この話しも興味深い。

 

 

 

 

ここで地図を確認。

 

 

 

 

日泰寺のときよりも、北斗七星の形に近くなって、しっくりくる。

 

 

こうなると、黄色のところもハッキリさせたいなあ。

 

 

 

 

第4チャクラの場所は、熱田神宮か星宮社かどちらかで保留にしてたけど

 

近くに大きな古墳(断夫山古墳)もあるし、

 

ここまでの流れでいくとやっぱり熱田神宮だろうと思う。

 

だから、熱田神宮で決めちゃいます!

 

 

 

 

次に第6チャクラの場所。

 

大縣神社、田縣神社の2社どちらかでいうと

 

感覚的には「大縣神社」かな、と思う。

 

 

大縣神社、田縣神社どちらも行ってみたけど、

大縣神社の方が雰囲気や(特に神社の奥、山の感じとか)空気が

どっしりと厚めな感じがした。

 

*その時の記事

 →尾張国二ノ宮「大縣神社」へ初詣。

 

それに、大縣神社の祭神「大縣大神(おおあがたのおおかみ)」は

尾張の国を開拓した神様とのことだし。。

(国府宮と同じ)

 

近くに「青塚古墳」という東海地区最大級の大きさの古墳があって、

大縣神社のHPにも神社とのゆかりが書いてある。

 

この間は雨降りそうで行けなかった。残念。

 

□□大縣神社HPより□□

 

大縣神社(おおあがたじんじゃ)は尾張の國を開拓された祖神様である

大縣大神(おおあがたのおおかみ)をお祀りする神社です。
創始は古く、尾張本宮山頂より現在の地にお祀りされてから2021年という

悠久の歴史を有しております。

 

青塚古墳について

青塚古墳は大縣神社の御祭神 大縣大神の神裔(しんえい) 大荒田命(丹羽ノ縣ノ君の祖)の墳墓であると伝えられており、「青塚」、「茶臼山」、「王塚」などさまざまな呼称があります。

 

□□抜粋ここまで□□

 

 

社伝には紀元前の創建とある。。まじか。すごいな。

 

 

紀元前からある古代祭祀の場所。

 

その場所を守り続けた人たちのお墓(古墳)がその重要さを物語る。

 

今も昔もとても大切な場所なんだなあ。

 

やっぱりあの採石場は、あかんやつだわ。

 

 

 

 

 

これまでのキーワード(古代祭祀、磐座、古墳、尾張国の祖とのつながり)満載だし

 

感覚とも一致するし、第6チャクラは大縣神社で決定!

 

 

 

 

社伝には「もともと大縣神社があったとされる本宮山」とあって、

その本宮山には今は「本宮社(奥宮)」が建てられ、大縣大神の荒魂が祀られている。

 

となると、第6チャクラの本当の場所は、

この本宮山にある「本宮社(奥宮)」とした方があってるのかもしれないけど。。

 

ま、誤差の範囲だ。

地図的には大縣神社を第6チャクラとしておこう。

 

今後変えるかも。

 

 

 

 

 

 

ということで、

 

第4チャクラ=熱田神宮、第6チャクラ=大縣神社とすると、

 

北斗七星+1星はこう↓なる。

 

 

 

おおー!

 

最初の頃より北斗七星に近づいた感が!

 

 

 

 

 

第1チャクラ、第2チャクラ、第3チャクラの場所は、行ってみないとなあ。

 

羽豆神社は、尾張氏ゆかりの場所っぽいけど、他の2社にはそんな話しは出てこないし、

 

3社とも磐座がないし、古墳が近くにあるかどうかよく分からない。

 

これ!という決め手がないから、やっぱり現地で何を感じるか?が大事な気がする。

 

この猛暑の中、行くか。。どーしよう。悩む。

 

志多見古墳群もすっごく行きたいけど、ちょっとした山登りだしなあ。。

 

 

 

 

 

 

去年の夏、籠神社で受け取ったメッセージと、

この星探しで見えてくるものは、つながっている。

 

*その時のこと

 →神様が作ろうとしている世界は、想像を超える素晴らしさだった。思わず泣いてしまった。

 

 

 

 

北斗七星の形をした、古代の祈りの場所。

 

天の星の力が、大地の星を通して、人(チャクラ)につながる場所。

 

昔の人は、どうやってこの祈り場所を使っていたのだろう?

 

 

 

 

 

 

「巡礼」

 

 

この言葉が、絶えず浮かんでくる。

 

 

点をつなぐように祈りの地を巡っていた???

 

 

いや、違う。

 

まだここに何かある。

 

重要な何かが隠されている気がする。

 

そんな予感。

 

 

 

 

 

北斗七星を生命の樹として捉えると、尾張氏のナゾが少し解けたかもー。

 

次へつづく。