インドでも中国でも、優秀なIT技術者が職を求めて列をなす
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITzp000026112008


オリンピック後も北京の空は綺麗な青空。メーンスタジアムの鳥の巣=11月21日〔AP Photo〕

 前回のコラムを掲載した後、中国に出発して大連と北京を周り、現在はインドのチェンナイにいる。北京は採用面接のために大連から日帰りで行っただけだが、オリンピックの時と同様に綺麗な青空で、一過性ではなく確実に空気がよくなっているようだ。チェンナイは2カ月ぶりであるが、北京の空と違ってIT企業を巡る雲行きは極端に悪くなってきたようだ。(竹田孝治のインドIT見聞録)

 大連にいる友人は米系大手ソフトウエア会社の大連責任者である。彼は9月中旬から米国、カナダと周り、日本を経由して大連に帰ってきたのが10月初旬だったという。1カ月近く大連を留守にしていた彼の話によれば、その間で大連のIT企業の雰囲気は一変したらしい大連の人材紹介会社の経営者も同じことを言う。今までは中小ソフトウエア会社の人員整理が目立っていたが、ここにきて大手も人減らしを始めたようだ。

 友人の会社はまだ増員をしているようだが、増員に伴う新しいビルへの移転計画は中止した。IBMなどの米系企業も採用をストップしたとのことである。友人が中国に戻った早々に時機外れの人材募集フェアがあったが、以前から計画されていたため行われたという。IBMが広いブースを確保していたが、担当側の出席は1人のみで、やる気のなさが見え見えだったとか。

 それよりも驚いたのは、来場者の多さだという。会場は立錐の余地なし。友人はあまりの混雑にトイレにも行けなかったとのことである。

 同じ話がインドにもある。リーマンショック直後に米国内で働くインド人技術者が一挙に解雇され、多くの人が帰国した。インド政府の肝入りもあり、時期外れではあるが大手のソフトウエア会社は「即戦力」の採用に動いた。インドのHINDU紙によると、各企業の門前には帰国技術者の長蛇の列ができたようだ。

 これは日本国内も同じであろう。今までは「デキる技術者」の流動性がほとんどなかった。しかし前にも取り上げたように、今は日本国内で次々と中国人技術者が解雇されていて、レベルの高い低いは関係なく、プロジェクトが終了するごとに全員が解雇されている。

 逆に考えると、私の会社のような零細企業でも優秀な技術者を確保できるチャンスがやっときた。顧客でもこの時期に優秀な技術者に変更する動きが目立ってきており、私の会社もやっと技術者研修以外の分野にも乗り出せるようになってきた。


■リストラに取り組むインドIT企業

 インドIT企業は単に即戦力を囲い込んでいるだけではない。事業のリストラクチャリングに必死である。彼らの現在の施策は次のようなものらしい。


<コストカットの徹底>

1)余剰人員の削減
 プロジェクトのトラブルなどに対応するために、今までは20%ぐらいの余剰人員を常に確保していた。それを全体として10%程度になるように削減しているようだ。


2)大幅な時短
 Business-Standard紙によると、インフォシス・テクノロジーズは「慈善活動」推奨のために在籍2年以上の社員に1年間の社外活動を勧めている。社員の活動の50%を慈善活動に充て、社員の給料を半減させるようである。


3)待遇の変更
 今まであったランチクーポンの支給、通勤のためのバスの運行などが次々と有料になっている。


<ターゲット業務のシフト>

 従来は各ソフトウエア会社ともに金融・証券・保険向けが40%から60%を占めていた。リーマンショック後、重点をリテールや健康産業、政府関係の業務にシフトさせ始めた。


<アジア・アフリカの業務拡大>

 米国から欧州へと地域展開を進めてきたが、欧州市場そのものも非常に危なくなってきた。そのため、日本を含めたアジア・アフリカへのシフトを推し進めている。


<インド国内のITES(Enable Service)マーケットへの参入>

 従来は、インド国内市場はIBMなどの外資に任せ、インド大手は見向きもしない印象があったが、ここにきてインド国鉄などのBPO、コールセンター業務に参入し始めた。欧米市場でノウハウを蓄積してきた彼らである。これらの分野はお手のものであろう。


■国内向けビジネスには貸し渋りも

 もちろん厳しい状況はIT企業だけではない。海外からの直接投資(FDI)は今なお伸びているが、インド国内相手のビジネス分野は急に冷え込んできた。銀行の貸し渋りが一気に進み始めたのである。

 特に建設・不動産向けの貸し出しについては厳しいようだ。外国人向けのマンション開発は問題ないが、インド人向けマンションなどの建設については融資が次々とストップされ、工事が中断される事態になってきた。

 そのためマンション価格が暴落するなかで、逆に絶対数の足りない外国人向けマンションだけが高騰するという現象が起きている。その間隙を縫って活躍しているのがイスラム系銀行・企業である。彼らは豊富な資金力で次々と建設が中断されたマンションなどを買い漁っているとのことである。

 この日曜日、チェンナイの南、約230キロのところにあるチダンバラムに車で行ってきた。ヒンディー教シヴァ派の聖地ナタラージャ寺院のある街である。ここが「世界の中心」と言われている街であり、2000年前には王様が寺のシヴァガンガーというタンクの水でハンセン病を治したという記録がある。一番古い建物は1500年前に建てられたらしい。この寺院は踊るシヴァ神ナタラージャを祭っている。

 寺院関係者の特別な計らいで、北のゴープラム(楼門)に登らせていただいた。真っ暗で埃と蝙蝠の糞に覆われた階段を慎重に登った。最上階からは1.5キロメートル四方の寺院、その先の市内を一望できるゴープラムである。他の東・西・南のゴープラム、本殿だけでなく、シヴァ神が踊りの対決をしたと言われるダンスホールまでを説明していただいた。

 ここから寺院を眺めていると、今の経済危機など歴史の中の一瞬の出来事のようだ。そういえば大連に行っていた15日に主要20カ国・地域(G20)緊急首脳会議がワシントンで開かれたらしい。総論は別にして、現在の危機に対する具体的な方策はあまりないような印象を受けた。ダンス・パーティーをしていたわけではないだろうが、これでは昔のウィーン会議の「会議は踊る」と同じであろう。踊るなら、このチダンバラムのナタラージャ寺院が本場である。


[2008年11月26日]

-筆者紹介-

竹田 孝治(たけだ こうじ)
エターナル・テクノロジーズ社長
略歴
 1971年岡山大学中退。74年事務計算センター(現日本システムウエア、NSW)入社。95年取締役システム本部長。96年からソフトウェア開発事業の一環としてインドオフショア開発と自社社員のインドでのIT研修を開始。04年NSWを退任し、日本人技術者向けIT研修サービスのエターナル・テクノロジーズ社(http://www.eternal-t.com/ )を設立、社長に就任。06年9月インド子会社ETERNAL TECHNOLOGIES INDIAを設立。