シバの女王はシバ王国の支配者 | 絵ちやんの 人生 ヨワヨワ日記 

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シバの女王はシバ王国


の支配者で、ソロモンの知恵を噂で伝え聞き、自身の抱える悩みを解決するために遠方の国家からエルサレム


ソロモン王


の元を訪れたとされる。その来訪には大勢の随員を伴い、大量の金や宝石


乳香


などの香料、白檀


などを寄贈したとされる。








新約聖書


ではこの名での言及は無いが、代わりに「地の果て」からやって来た南の女王(Queen of the South)と表現される。








その統治期間はソロモン王とほぼ同時期の紀元前10世紀


頃と推定される。シバ王国の所在については有力視される2つの説があり、エチオピア


説によればその名をマケダ(あるいはマーキダ)と呼び、イエメン


説によればビルキス(あるいはバルキス)と呼ぶ。ただし、両説ともこれを裏付ける考古学的発見は未だ皆無である。








エチオピア説ではさらに、ソロモン王とマケダの間に生まれた子をエチオピア帝国


の始祖メネリク1世


であると位置づける。















シバ王国は、アラビア半島(現在のイエメンあたり)にあったといわれる国で、ヨーロッパとアジアを結ぶ「海のシルクロード」上にあり、交易で栄える豊かな国だった。紀元前にダムまで建築していたそうだ。


 余談だが、ベルキスの美貌を耳にしたソロモン王の方が、彼女をイスラエルに招いたとの説もあるし、あるいは、交易基地をイスラエルに確保するため、女王自ら交渉に出向いたのだ、との説もある。




 いずれにせよ、噂はほんとうだった。ソロモン王は、ベルキスのあらゆる質問に、見事に答えた。その態度も実に立派だった。そのほか、息を呑むばかりの美しい宮殿、数々の返礼品に、ベルキスは言葉を失った。




 ここから先はお伽話(だと思う)だが……ソロモン王も、ベルキスの素晴らしい脚線美に、目を奪われた。2人は恋に落ち、両国は連合を結ぶ。




 2人の間に生れたメネリク王子は、のちにアフリカ大陸に渡り、エチオピア王国を建国する。ベルキスは現在のエチオピア一帯(海を挟んでシバ王国=現在のイエメンの目の前)を治めたとの伝説もあるので、息子に領地を与えたようなものかもしれない。


 












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