『マスカレード・ナイト』 | 鞭声粛粛、夜本を読む

『マスカレード・ナイト』

 

  読みやすさとドンデン返しのミステリー小説が持ち味の直木賞作家、東野圭吾氏が2017年9月に発表した書き下ろし作品 『 マスカレード・ナイト 』 (集英社)は、練りに練られた傑作です。読者が思い浮かぶ結末をいくつも用意しながら、実際の終盤は予想外の角度に折れ曲げてみせます。

  ストーリーは一切伏せますが、ミステリー作品として従来の 『 マスカレード 』 シリーズを大きく上回る重厚さに富むのは確かです。伏線は幾重にも張られ、読んでいる最中に読み手も推理を重ねつつも意表を突くてんまつを期待し、そして期待は裏切られません。殺人予告なのか、殺人犯がやって来るはずだ、というだけの意味なのか。一つの密告から物語は始まります。

  文芸作品の完成度も非常に高いと思います。登場人物一人一人の個性を丁寧に書き分け、架空のホテルなのにリアルな情景と人間模様が目に浮かびます。東野氏が自分の言葉だけでリアル感のある物語世界を独自に構築したからです。

  題名のマスカレード(仮面)にある通り主人公2人は仕事中の人という仮面をかぶっており、素顔は表だって書かれていません。しかし生き生きとした実存の個人のように見えてくる高度の筆致も、本書の特徴です。

  主人公は都心の有名ホテルで潜入捜査を始めた男性刑事新田と、ホテルの女性コンシェルジュ山岸。2人ともプロとして熱く働き、深く悩む似た者同士ですが、仕事を離れた、あるいは責任感の土台となる個性について、著者はほとんど書いていません。特に、仮装会場となるホテルで客対応に当たる女性コンシェルジュ山岸の場合、容貌と声色すら表現されていません。読者の想像に託されています。

  人は所詮、仮面をかぶった社会的存在だ、などとくだらない示唆は一切ありません。全て読者の自由な感想に任された見事な娯楽小説です。平易な表現と、無理のない文章。クセがないように見えて癖があるプロの文章でもあります。

 

   『 マスカレード 』 シリーズは2008年から10年までの間、雑誌 『 すばる 』 に発表した 『 マスカレード・ホテル 』 が始まり。本作で3作目。多分、これで打ち止めではないでしょうか。


  当ブログで書いた書評のURLは下記の通りです。よろしければどうぞ。
 

 『 マスカレード・ホテル 』

https://ameblo.jp/benseishukushukuyoruyomu/entry-11319724148.html

 

 『 マスカレード・イブ 』
https://ameblo.jp/benseishukushukuyoruyomu/entry-11931554969.html

過去の当ブログ書評一覧URLは下記の通りです。

https://ameblo.jp/benseishukushukuyoruyomu/entrylist-3.html