糸魚川ジオパークの紹介304 強者どもの夢の跡・橋立金山 | 糸魚川ジオパークのおじさんのブログ

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日本で最初に世界ジオパークに認定された糸魚川ジオパークの魅力や出来事などを紹介します。

 昨年、新潟県の石にヒスイ・自然金・古生代の化石が認定されたことはまだ記憶に新しいところです。新潟県で「金」と言えば佐渡の金山と言うほど有名で、しかも金山跡地を世界遺産にするべく、佐渡の方々は努力中ですが、糸魚川にも金を産出する鉱山がありました。

 「橋立金山」と称する鉱山で、現在は廃坑となり訪れる人もなく深山の中に寂しく佇まっています。糸魚川のジオサイトの一つとは言え、これまでガイドの要請が一件もないのですが・・・ そんな秘境を紹介します。

 この金鉱山が発見され、採掘されだしたのは古く鎌倉時代?とか上杉時代とか言われています。上杉時代の天保年間には雪倉岳の蓮華銀山と共にこの金山も開発されていました。当時は麻尾鉱山・長尻谷鉱山として年間4kgの産出でしたが、最盛期は明治後期の26年以降で明治30年には年間300kgの産金量を誇り、明治38年までは隆盛を誇っていました。

 

 明治以降の鉱山主が最後の武藤惺氏まで11人変わったとのことですが、その中には早稲田大学の理工学部の創設者である竹内明太郎

氏もありました。小松製作所の創始者で吉田茂総理の兄(腹違いの)に当たる方です。日産自動車ダットサンのDATのTが竹内さんのTなのだとのこと。とにかく、栄枯盛衰が激しかったことが想われます。

 橋立鉱山に詳しい研究者として小野健博士が亡くなってしまい生前に案内して戴いたコースや原稿を便りに金山のサイトを訪ねてみます。

 小野健先生と石臼跡↑ 説明看板(青海自然史博物館友の会)↓

 金山サイトの草刈り奉仕(ジオパーク市民の会)↑

   こんな広場も昔は賑わっていたようだ↓

そもそも、金鉱山の発見のヒントになったのが蟻のお蔭でした。砂金混じりの蟻塚を見たのが始まりとのことです。よくも重たい金を・・比重が20近くもあるのに・・・蟻も金字塔を建てるのが好きなんですね。

 金山のお祭りには大きな蟻の模型を造り、目には金を嵌めたそうです。       金山案内看板↓ 蟻が発見した言われ

 最盛期にはこの小さな山中の集落に1,500人が生活していたと言うことです。1,500人?と言えば現在の根知地区や大野地区の人口に匹敵するようなもので、山の中に大きな街があったのでしょうか。兎に角、神社や寺・学校・火葬場まであったのですから驚きです。更に驚きは、糸魚川でも最初に電灯が灯ったとのこと。お祭りのイルミネーションの光が50kmも離れた直江津から見えと言う話もある。水力発電設備で下界よりも一足早い文明の利器が使用していたのですから。

     事務所の跡の石塀↑

橋立鉱山の産金量は全部で1,220kgに達しました。佐渡の産金量が77

トン、本邦最大の金山は菱刈鉱山で推定埋蔵量250トンと言われるから、それに比べれば僅かだが弱小金山の中では活躍したほうであろう。鉱床の品位は岩石トン当たり平均20g含有し、最高で92gの事もあった由。明治38年に断層があって鉱脈が消失し、発電機故障が重なり排水不能で水没するなどトラブルに遭遇し、減産・廃坑に到った。

それでも、昭和37年頃まではズリ処理作業があり鉱石をカマスにつめて魚津の日本鉱業の精錬所に送っていました。

     抗口はこんなに狭かった↓

金山の掘削は鉱脈以外の母岩を掘るのを最小にしたため厚さ30cmの

薄い層を目当てに、人が動かれる程度の広さしかなく、労働は厳しかった。手ノミと黒色火薬の使用で掘削する抗夫の他、水引き・抗内排水夫・雑夫などがいて作業を進めるほか、飯場や精錬所の仕事があった。当時の精錬は金鉱石を焼く→もろくする→石臼粉砕→樋流し→椀掛けで比重選鉱→水銀に溶解→アマルガム→粗金分離抽出→金

と言う方法でした。

 博物館に展示されている金鉱石↑↓

  自然金 (博物館の写真)↓

原石見つけた↓

博物館に展示されている遺物(FMM)↓

労働者では抗夫が一番の権力者でした。抗夫の採用には実技試験があり、抗口の岩石を掘らせて見たようだ。渡り抗夫が多く集まり、親分・子分で仁義を切っていたと言うからヤクザの組織みたいなものだつたのでしょう。

「お控えなすって・・・・手前、イチゴの国はエトイガワの出でござんして・・・」なんてやっていたのでしょうか。最盛期には金持ち目当てに

富山県の泊集落から芸者が人力車で山奥までやって来たり、芝居興行が立つと海岸部からわざわざここまでやって来て賑わったようです。

現在でも1,500人というと大集落、現在だれも居ないこの鉱山跡、金儲けにやって来た強者どもの夢の跡になっています。そんなゴーストタウンには自然が返りました。道中、下界では滅多におめにかかれない様々な植物を見ることができます。

    金山付近の地質図(FMM)↑

最近は、高圧変成岩や地質の多様性から見直され、研究者の垂涎の地帯となつています。これほどの秘境、熊や猿や山菜採りの巣にして仕舞うのは惜しいことです。

 以下は自然の宝庫、坂田峠から金山にいたる道でみられたものです

 タニウツギ↑ カタクリ↓

          ガヤ↑        ギフチョウ↓

 ヤシャブシ ↑  ミズキ↓

   ウワミズザクラ↓

  イヌドウナ↓