映画 「マダム フローレンス」 | べるべるピザのブログ

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映画やドラマ、読んだ本の感想を記していきます。

実話と聞くと、見てみたくなります。

マダム フローレンス。

ニューヨークで今も語り継がれる

フローレンス・ジェンキンスという

実在したオペラ歌手。

この映画は彼女と夫の半生を描いたラブストーリーでもあり

ヒューマン映画でもあると思います。

 

 

映画を見てまず思い出したのは、

レッドフォードの「華麗なるギャツビー」。

あるいは、源氏物語の「夕顔」。

ま、夕顔は計算女だという噂がありますが、

華麗なるギャツビーでレッドフォードたち殿方を

惑わす令嬢(=無意識計算女)、

あれの実害の少ないバージョンな気がしました。

 

信じる人って強いなと思います。

ぶれない。

でも、単に信じる(思い込む)だけなら、

妄想家だと周囲から思われます。

マダム フローレンスがそう思われなかったのは

一重に夫であるシンクレアの采配に他ならないのですが

彼女が夫に「お前、何ばかなことをいっているのだ!」と

言われなかったのは、

夫シンクレアの愛。

それと、フローレンスの財産のおかげなんだと思います。

 

愛とお金。

フローレンスを支える人々は、この二つをもって

彼女を庇護するのです。

お金が欲しいだけなら、もっと雑なやり方をしそうなものを

夫シンクレアも、フローレンスを昔から知る高名な声楽指導家も

お手伝いさんも、誰も彼女を雑に扱いません。

それどころか、彼女のために細心の注意を払い、気づかい、

温かく支えるのです。

その最たるものが、

フローレンスが雇ったピアニスト コズメです。

当初彼はピアニストとしての

ステップアップと名声、

そして

日々の糧のためにフローレンスの専属ピアノストになりますが

フローレンスの歌手としての力量に疑問をもち、

夫シンクレアに進言します。

しかし、フローレンスやシンクレア、そして彼らを取り巻く

人々と接しているうちに、慈愛をもってフローレンスのために

ピアノを弾くようになるのです。

愛とお金。

どちらかが欠けると、彼女を取り巻く顔ぶれは、まったく違うものに

なったでしょう。

 

なぜ、彼らはそうまでしてフローレンスを支えたのか。

お金のためだけではないでしょう。

たまに、いますよ、こーゆー人。

愛される人。

悪気がなく、無垢で愛らしい人。

要は、フローレンスはチャーミングな魅力を持った子供のような

愛らしい人だったのだと思います。

第一に人に嫌な気持ちを持たせない。

赤子のような放っておけない危うさ。

お金もですが、彼女のこの性質が大きく影響した結果

あの地位を得るまでになったのだと思います。

 

 

メリル・ストリープの演技が、メリルらしさ全開で

お腹いっぱい感がありますが、

一方で、ヒュー・グラントの演技は見直しました。

ラブコメで優男ばかりを演じるイメージでしたが

この映画ではそれがうまく実を結んだというか

やはり腐っても俳優。上手い役者なんだと思います。

そして、

ピアニスト役のコズメ。

彼が良い!

セリフは多くはないものの、彼の表情、しぐさ、身のこなしで

彼の気持ちがよくわかり、それが物語を進める要因の一つ

でもあります。

 

 

自分の気持ちを貫き、夢をかなえるために突き進むことも

素晴らしい人生だと思いますが

そんな気持ちに折り合いをつけ、一人の人を大切に思いやり

支える人生もまたあるのだなと。

是非見てほしい映画!とはまた違いますが

時間にゆとりがあるときに、ポテトサラダでも食べながら

見てほしい映画の一つです。