私がまだ一般企業に勤めていた頃、フランスから輸入していたとてもおいしい紅茶があった。それは、日本の小さな会社に納品されて、デパートに卸しているのだけど、紅茶好きのファンから、この会社にたびたび問い合わせがあるとの話を聞いていた。
私は、この紅茶を紅茶好きの知人にあげたら、後日、その知人が、「おいしかったけれど、フォションの紅茶にはかなわない」といった。
私は、あえていわなかったけれど、あげた紅茶は、フォションと同じフランスの農場から仕入れているのだった。しかし、そんな話はざらにあることで、ブランドはそれほど絶大な信用があるということだ。人は往々にしてこのブランドに翻弄される。
いつぞや、バラエティで、ワインを試食する番組があった。片や高級ワインで、もう片方は安物のワインだ。タレントが、どちらが高級か当てるために試飲する。すると、思わぬ答えが返ってくる。俗に食通といわれる有名タレントも散々の結果だった。ドンペリをしょっちゅう飲んでいるからといって、全てを網羅しているわけではないのだろう。
私はこの頃、企業に勤めながら、製菓教室の講師をしていたから、いろんな店のケーキを食べ歩いたし、勤務先の社長が、食通だったから、有名店でよくご相伴にあずかった。同じ寿司でも神戸の高級店もあれば、外商に頼んで何カ月待ちしたという一風変わった屋台の寿司もあった。それは、こちらがネタを指定するわけではなく、大将が握る寿司を黙って食べるというだけのものだった。どれも確かにおいしいし甲乙なんかつけれない。どこの店も客にお金を払ってもらうための料理を提供するのだから、それなりにおいしくなかったらおかしいのだ。
しかも私は決してグルメではない。なんでもおいしく食べるほうだ。ポワールのケーキも食べるし、100円ケーキも食べるという具合だ。
そんな中、製菓教室の仲間であるパンや料理の講師達が、順番にお気に入りの店を紹介する会が実にユニークで、私達は月一で食べ歩いた。
有名店なんか絶対紹介しない。隠れ家的なお店を紹介するのだ。
しかも値段はリーズナブルだ。このイタめしやのライスコロッケがおいしいだとか、このイギリス料理店のムール貝がおいしいだとか。
なかでも素敵だったのは、千里の住宅街の一画にある民家だった。
小さな花瓶にセンスよく挿してある花もいいし、檜の桶の中に冷やしたワインも気に入ったし、和洋折衷の料理もおいしかったし、それを彩る陶器にも味わいがあった。
しかし、何よりも、最後にこの家の料理人である女主人が歌ってくれたアカペラのシャンソンがとても素敵だった。おもてなしの心が伝わる最高の料理だったといえる。私達は大いに満足した。
そんな私が昔から愛する内緒のフランス料理店がある。何かの記念日の時に、娘とふたりでいくお店で、友人の板前の旦那さんに、誰にも内緒ということを条件に教えてもらったのだ。
小さなお店でおまけに階段を上がって二階にあるがいつも予約で埋まっている。ご主人がシェフで、どちらかといえば口下手の奥さんが給仕をしているが、だからといって、料理の味を損なうものではないし、落ち着く雰囲気だ。メニューはおまかせのコース料理のみで、デザートはお決まりのシャーベットだけだ。
娘は生牡蠣とフォアグラが苦手だけど、ここの料理だったら、おいしいといって食べる。私は、このお店が未だに支店を出さす拡張しないことにひそかに感謝している。そうなれば、ここの味は二度と楽しめなくなるからだ。おいしいケーキ屋が大きくなって、原料にこだわりがなくなり、客足が落ちたというはなしをよくきく。
ここの味は、高級ホテルだってかなわないのではないかと思う
実は私が目指す葬儀屋の姿がここにある。
こんな葬儀ホールにするのが私の夢なのだ。