今宵ばけもの達は、綺麗な月に涙する。 | 桂米紫のブログ

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米朝一門の落語家、四代目桂米紫(かつらべいし)の、独り言であります。


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ついに今日は、映画『ばけもの模様』の上映初日というので、新幹線で東京へ。

『剥き出しにっぽん』の時程ではないにしても、やはりグダグダ感の漂う楽しい舞台挨拶を済ませた後は、僕も客席に回ってお客様達と一緒に映画を観る。

僕自身『ばけもの模様』は、監督から送ってもらった完成DVDを観ただけで、ちゃんと映画館で鑑賞するのは初めての事。

主演させてもらう事が決まり、脚本を一読させてもらってからずっと心待ちにしていた瞬間が、ついに訪れた訳だ。


映画が始まって三十分…改めて思ったが、ほんとにこれはヘンな映画だ。

気の触れた主婦と、それに始終困惑している夫。そして頭の弱いメロンパン売りの青年に、さらに変わり者のその伯母という…実にワケの分からない連中がわらわらと蠢きながら、ブラックで泥臭い喜劇を展開していく。

その様子が一変するのが、「灯台のシーン」である。

そこから【ヘンテコな喜劇】は、徐々に【哀しい人間達の群像劇】にその表情を変え始める。

あくまで滑稽で醜い“ばけもの達”が、滑稽で醜いが故に、より哀しさを際立たせてゆく。

やがて彼らは、物質的には何一つ救われないままに、そんな【醜さ】や【愚かさ】や【哀しさ】を全て受け入れ、静かに人生を許容していく。

そしてそんな“ばけもの達”を優しく包み込む【神の目】を象徴的に美しく描いて、映画は逆説的なハッピーエンドを迎えるのだ。


『ばけもの模様』は、万人に受け入れられる映画ではないかも知れない。
監督も言うように、評価の真っ二つに分かれる作品であろう。


しかし僕はこれ程までに物哀しく…また優しい映画はちょっと他にないのではないかと、改めて今日そう思った。

「灯台のシーン」から流れ始めた涙は、エンドロールと共に余韻を伴い勢いを増して、とめどもなく溢れ出してきた。


心に、いつまでも消えぬ傷を残される感覚。

…そんな感覚を与えてくれる作品は、とても少ない。


是非この機会に皆様にも劇場に足を運んで戴き、その眼でその感覚で、『ばけもの模様』を受け止めて戴きたいと思います。


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