桂米紫のブログ

米朝一門の落語家、四代目桂米紫(かつらべいし)の、独り言であります。


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大阪芸大の若き鬼才・石井裕也監督の元で七月初めに撮影した短編映画『蝉が泣く』が、ついに完成したというので、石井監督がビデオを送ってきてくれた。

12分程の短編とはいえ、『蝉が泣く』は本格的な16mmフィルム作品。

大阪芸大の卒業制作として撮られた石井監督の前作、『剥き出しにっぽん』の所有権がまだ芸大側にあり、出演した我々もまだ観られない状況なので、完成した石井作品を観るのは今回の『蝉が泣く』が初めてとなった。

石井監督は、ラストシーンにこだわる人。
…僕も学生時代から映画が好きで、落語家になる前は映画監督を夢見ていた時期もあった程なので、石井くんと映画談義を始めるとだいたいいつも止まらなくなるのだが…以前お互いの好きな映画のラストシーンの話で、二人して「その通り!」と大いに意気投合した事があった。

石井監督が一番好きなのは、チャップリンの『街の灯』のラストシーンらしい。
僕も『街の灯』のラストは大好きだ。

『街の灯』のラスト…。
花売り娘が花を一輪恵んでやろうと、チャップリン扮する浮浪者の手に触れる…その瞬間、少女は盲目だった時に手術費を工面してくれた‘お金持ちの紳士’が、実は風体もみすぼらしいこの‘浮浪者’だったと気づくのである。

「見えるようになったの?」
「ええ、見えるようになりましたわ」

…その短く、シンプルなセリフ。

そして、満面の笑顔の浮浪者と、何故か‘笑顔ではない’複雑な表情の、少女のアップ…。

そんな、ハッピーエンドともアンハッピーエンドともつかぬ微妙なニュアンスを残しつつ、映画は唐突に終わる。

だいたいアメリカ映画というのは‘ハッピーエンド’が好きだ。
映画を「夢物語」として見れば、それもいい。

でも僕は、『街の灯』のような‘アンハッピー’なニュアンスの残るハッピーエンド…もしくは‘ハッピー’なニュアンスを残すアンハッピーエンドというのが好きで、そこで石井くんと意見が一致したのだ。

『蝉が泣く』は、まさにそんな微妙な味わいを持つ‘ラストシーン’の為の映画。

『蝉が泣く』は、前編‘崖’が舞台となったお話。
登場人物は全部で四人。

彼らはみんな何らかの問題を抱え、全員が崖から身を投げる。
だが、その身を投げる直前の様子は、人それぞれ。
その様子は時に哀しく…また時に滑稽でもある。

「‘楽しい’とか‘悲しい’とか…瞬間瞬間の人間の気持ちって、絶対にそんな単純に言いきれるもんじゃないですもんね」…とは、いつか石井くんが言った言葉。

そう、人間はフクザツなのです。

その、‘人間’を見る目の洞察力…。

「映画」も「落語」も、創り手の着眼点は様々だ…だから色々なジャンルがあって面白いのだけど。

その中で、「口では説明しきれないような人間の微妙な感情の機微をスクリーンの上や舞台上で表現して、それをさらにお客さんに感じてもらう」という方法は、とても難しいやり口だ。

でも、いつかは僕もそこへ辿り着きたいと思う。

『蝉が泣く』は、果敢にもその偉業にチャレンジした作品。

映画の中で登場人物全員が崖から身を投げた後も、蝉は変わらず鳴き続ける。

人生は短いのだ。

だからもっと、笑ったり怒ったり哀しんだりして…人生を謳歌しないと。

アンハッピーな結末の陰には、そんな‘希望’が潜んでいる。

『蝉が泣く』は、とてもいい映画だ。


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