日常に意識を向けてみると、驚くほど、あらゆることが修行となり、「道」になっていることに気づかされます。
仕事一つをとってもそうです。
「これくらいでいいか」と済ませるのではなく、どうすればもっと丁寧に、よりよい仕事ができるのかを考える。
面倒だと思うことほど、あえて心を込めて丁寧に行う。
それも立派な修行であり道です。
また、人間関係も同じです。
苦手だと感じる人や、できれば関わりたくないと思う人に対してこそ、普段以上に優しく、丁寧に接してみる。
反対に、本当は言わなければならないことがあるのに、「嫌われたくない」「面倒だから」と、自分の都合で当たり障りのない言葉だけを並べてしまうことがあります。
そのような時こそ、自分の感情を交えず、相手のこれからを思って、あえて伝えるべきことを伝える勇気もまた修行、道です。
そして、今の自分が穏やかな日々を過ごしていても、苦しい状況の中にいても、ご神仏に手を合わせ、今日一日無事に過ごせたことに感謝する。
その積み重ねが、心を育ててくれます。
掃除も同じです。
「汚れているから掃除をする」というだけなら作業ですが、
「どうすればもっと美しくなるだろう。」
「どうすれば、ご神仏に気持ちよくお過ごしいただけるだろう。」
「どうすれば、この美しさを保てるだろう。」
そのように考えながら行えば、掃除は『道』となり、『行』となります。
道には終わりがありません。
よりよくありたいという心がある限り、どこまでも深めていくことができます。
料理も、仕事も、掃除も、人との接し方も。
日常のすべてが修行であり、仏道なのだと思います。
そうして一日を精一杯生きると、一日は本当にあっという間に過ぎていきます。
そして夜、「今日も一日、無事に過ごすことができた。」
そのことに感謝し、明日という新しい一日を迎えられることにも感謝する。
そのような毎日を積み重ねられる人でありたいと思います。
とはいえ、私自身、まだまだできているとは思っておりません。
日々反省しながら、一歩でも仏道に近づけるよう、これからも精進してまいりたいと思います。
法妙
