昭和レコ屋よもやま話 昭和レコ屋よもやま話

佐藤まさあき氏の悲劇というのは漫画家、劇画家にとって

致命的な「女性が描けない」という欠点の事です。

描けても女性らしくない、柔和さが足りないというか、

いずれ男性主人公と比べて「絵にならない」のです。


こうしてメジャーになるに連れ、アシタントを起用し対処する事にしました。

上の右画像の女性を見てください。

これは初代アシタントの松森正氏によるものです。

わたしは劇画黎明期から氏の作品を見ているのですが、これを初めて見た時は

なんとも違和感を覚えて、もどかしいものでした。異種混合競技みたいでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例えば、さいとう・たかを氏がスタッフ制を設けて、背景、人物とかを

分業した経緯とは性質が全然異なります。

さいとうプロは適材適所、人材を配置して劇画の量産体制を確立しました。

この考えには「おまえは女性が描けないから背景を描け」などという発想は

まったく無いでしょう。劇画家を目指す者にとって、描けて当たり前で、

それを前提に作品にとって一番効果的な人選をしたと考えられます。

現在で言えば、ゴルゴ、鬼平は石川フミヤス班、藤枝梅安は故(無念でなりません)、

武本サブロー班というようにです。

もっちゃん=武本サブロー氏亡きあと最近、石川フミヤス氏に大分、比重がかかって

きているみたいで読者としては気がかりです。無理しないでください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

佐藤まさあき氏は自分の墨付けが終わっても、完成を待たねばなりませんでした。

アシタントの松森正氏担当の女性の場面が埋まらないからです。

こんな弱みを知ってしまうと、つけ込みたくなるのが人間です。


自叙伝には松森正氏の当時の横柄さが克明に書かれています。

描くのを拒否したりトンズラしたりです。

造反、増長、おごり・・などの言葉が氏の憤りを伝えてくれます。
そして、破門・追放されてしまったのです。

どちらが作家か分からぬほどであったと記されています。(文芸春秋社 1996/10/30 発行)


昭和レコ屋よもやま話 昭和レコ屋よもやま話


話は戻りますが、佐藤まさあき氏の「女性が描けない」悲劇

は終生、氏をさいなまし続けます。氏は諦観にも似た境地だったかもしれませんが、

アシスタントを育てては辞めていかれ、育てては辞めていかれ、の繰り返しとなります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
松森氏も今は還暦を過ぎているオトシです。

若気に至りで済むような昔話でしょうか、どうか・・・。
佐藤まさあき氏が故人になっただけに複雑な心境です。


この後、松森氏は天性の画風に、ますます磨きがかかり大活躍する事となります。

これは皆さま、よくご存知の事と思います。
作家歴も長い方ですが、どなたでもプロになって

頂点を迎える時期というものがあると思います。


これは枯淡の域に達してとかの意味ではありません。


画力の冴えとでも言えば良いのでしょうか。

松森氏に例をとれば上の「片恋さぶろう」あたりがそうではないでしょうか。

ペンタッチ、構図、どれをとっても最高です。

「湯けむりスナイパー」は前述の枯淡の域と言えると思います。


残念ながら、廃刊となってしまった、小池一夫氏の「刃(JIN)」の最終号あたりで見せた、

織田信長も「片恋さぶろう」を越えるようなタッチと冴えで、オォ!と唸ってしまいましたが

尻切れトンボで終わってしまいました。

どっかの劇画誌で是非復活して欲しいものです。


昭和レコ屋よもやま話 昭和レコ屋よもやま話
昭和レコ屋よもやま話 昭和レコ屋よもやま話

話はとんでしまいますが、タイをはって創刊した小池一夫氏の「刃(JIN)」があえなく惨敗の廃刊、

さいとう・たかを氏の「乱」の二種はバリバリの快進撃を続けています。

一体この差は何なのでしょうか?いずれ別稿で取り上げてみたいな、と

思っています。

ご存じでしょうが、小池一夫氏は大学卒業後、ブラブラしているところを

さいとう・たかを氏に声をかけられ、プロに入社し、あの「ゴルゴ13」を産み出した一人です。

以後、独立し劇画原作家の道を歩むのですが、その際、さいとうプロにいた、そうそうたる

面々=神田たけ志、叶精作、神江里見、やまさき拓味氏らを引き抜き、旗揚げをしました。

結果、さいとうプロには描けるアシスタントが皆無となってしまいました。

これは一大事件でした。でも、石川、武本両氏の踏ん張りで凌いだと考えれます。

また、甲良幹二郎(最初は幹一郎だったと思います。さいとう氏に認められる都度、

数字があがっていくんだな・・・と眺めていたものです)氏の脱退もあったりして

当時のさいとうプロは火の車だったと推測されます。


こんな事情から、おそらく小池一夫氏はさいとう氏になみなみならぬ対抗心があったと

思います。これが「刃(JIN)」の創刊につながったと解釈されます。



昭和レコ屋よもやま話 昭和レコ屋よもやま話


話がアチコチ行ってしまいましたが、佐藤まさあき氏から関連するウラ事情のお話でした。