You cannot have a happy ending to an unhappy journey.

 

”不幸な旅に、幸せな終わりはない。”

 

当たり前のように聞こえるこの言葉を 何度も声にして読んでみて

 

ふと思い出す。

 

私は・・・随分前のあるとき 

 

そのとき とても辛くて

 

生きていることが わけもなく辛くて

 

人生に 生きがいも 楽しみも見出せなくて

 

何故ここにいるのだろう? と思いながら

 

生きていたとき

 

その辛さを 少しでも和らげようと

 

あることを思いついた。

 

「そうだ、死ぬことを楽しみにして生きよう。」

 

 

自分の人生が バラ色で、幸せだったなら

 

死を前にしたとき その幸せを失いたくないと執着して

 

死んでしまうことを 悲しみ、嘆き 不幸を感じてしまうだろう。

 

それは、人生の最後を 不幸な気持ちで終わらせるということ。

 

だから、人生は不幸な方がいいんだ。

 

そうしたら、「ああ、やっと死ねる。」 という安堵と 

 

幸せに満ち足りた気持ちで 死んでいけるはず。

 

 

 

食事をするとき

 

好きなものを先に食べるか 最後に食べるか

 

それと、似ているかもしれない。

 

私は、最後に食べる派。

 

我慢して、我慢して

 

嫌いなものを 口に入れ、咀嚼して 飲み込んで

 

ああ、やっと好きなものが食べられる。

 

そういう幸せ。

 

正に、サバイバルモードな生き方。

 

勿論、好きなものを先に食べる方が ポジティブで

 

リアクションモード的な生き方とは言わないけれど。

 

唯、我慢して、努力したその後に 幸せがやってくるということを

 

良しとする考えが サバイバルだなーと思う。

 

嫌いなものは 遠慮して食べないという選択をすることが、いいのかもしれないな。

 

それも、勿論、食べた方がいい場合もあるけれど。

 

 

そう言えば、子供時代

 

嫌いなものが 沢山あった。

 

それを食べたら、大好きなデザートが待っていて・・・・?

 

否、それを食べなければ、怒られるという恐怖があって

 

我慢して、我慢して 口に入れ、咀嚼して 飲み込んだ記憶。

 

 

何はともあれ、私は ネガティブな気持ちを 拒絶するでもなく

 

受け入れるでもなく ただ、ただ我慢して 

 

その先に 本当に欲しいものがあったかというと

 

そういうわけでもなく 

 

ただ、ただ 惰性的に、向こうからやってくるものを手に取り、

 

それが好きなものなら 見えるところに飾り

 

嫌いなものなら 我慢して呑み込んだ。

 

だから、好きなものとは いつも距離があって

 

嫌いなものは 私の一部になっていった。

 

そんな気がする。

 

 

You cannot have a happy ending to an unhappy journey.

 

不幸な旅に 幸せな終わりはない。

 

もしも、私が この言葉の後に 言葉を付け加えるなら

 

幸せな旅は、あなたが作るもの あなたが見出すもの

 

あなたが考え、決定し、創造するもの 

 

それよりも 何よりも・・・あなたの中に既にあるもの。

 

 

ああ、やっと死ねる という”幸せな?”終わりを迎える前に

 

この考えは違うな、と思える自分に出会えてよかった。

 

まだまだ、完全じゃないけれど

 

人生という旅を 幸せな旅にするために・・・・

 

基、幸せな人生を旅している私に出会うために

 

そして、本当の意味での”幸せな終わり”を迎えるために

 

これからも、学び 練習し続けていこうと思います。

 

 

今日は、こちら↓のブログをリブログさせて頂きます。

 

いつも いつも 素晴らしい記事を本当にありがとうございます。