あの当時を思い出すと

今でも苦しくなります




はじめは

コロナワクチンを打とうと思っていました





理由は

集団免疫を獲得して

周りのためにも皆で協力しましょう




というようなフレーズに

共感したからでした





けれど

本当にそうなのか?

という疑問がわいてきて

自分なりに調べて考えた結果




1度も打たない




という選択をしました






しかしこの選択は

コロナが脅威最高潮だった当時

私を精神的に辛くさせる選択でもあったのです







だれもが


自分のこと

家族のこと

周りのことを

考えた結果、ワクチンの選択をしたことでしょう




会社に所属している人のなかには

事実上、選択の余地すらなった人もいたはずです





今となっては

あの空気感はなんともいえないものがあったなと振り返って思います





まず私が置かれた状況は




実家の親族に数年間会えない

というものでした




実家には高齢の家族もいます

コロナワクチンを打っていない私は

ダメと直接言われたわけではありませんが




会えないと

やんわり伝えられている

ニュアンスは分かりました




閉鎖的な場所で

家族だけではなく地域全体が

コロナを警戒し人を監視しているような

状況でした





それでも実家家族とは仲は良く

頻繁に電話で話したり

グループラインをしたり

会っていた時よりも連絡をよくやり取りしていました





やはり直接会えないというのは

とても寂しいものでした

(今では笑い話になっているし、頻繁に会っています)





そしてもう1つが


社会から孤立するという状況です




当時、私の子供が通う園では

コロナワクチンの話題でもちきりでした



その会話は

受けることが前提として進められているものでした




私は誰とも話をせずに

輪に加わることはありませんでした





私は本来お話好きな

ノリツッコミ系の関西の主婦です




人を避けるこの状況が

辛かったえーん




なんせテレビでは



妻がワクチンを打たないと言い出して

どのように洗脳をといたらいいか



とか




打たない選択をする人は

理解力が少ない、社会的弱者が多いとか




その頭の悪い人達に打ってもらうための説明の仕方を考えましょうとか

(めっちゃ失礼やん)





当たり前のように言われてましてガーン

すごいでしょ







当時は

ほんまに、ほんまに✖️100




肩身せまかったです、はい滝汗






今はなかったことになっていますが



テレビでもネットでもすごい言われようだったんです、ホンマ

やで!!



って何回言うねん笑い泣き




今まさに思うのです




あの当時と同じような状況になったら嫌だなと




大きな力に

無理矢理動かされるような

感覚




周りと分断される状況




自分も周りも疲弊してしまう状況





私達はいったい

何を見て(見させられて)

何を聞いて(聞かされて)


どこに向かっているのだろう…と





あらやだ


ポエムみたいになってるわ滝汗




まあ、うん



でもやはり思うのです

子供達のために

未来のために





色々なことを

考えならければいけない時がきたのでは

ないかと





今ある常識の中には

誰かの利益のために意図的に

つくられたものもあるでしょう



薬、食べ物、習慣、教育




今こそ

見直す時がきたのかも

しれないのです










結局ポエムやん笑い泣き




すみません、朝から

関西のノリツッコミ好きの主婦のひとりごとでしたウインク