子供に誇れることをしよう |  『心はいつもバスケっ子』

子供に誇れることをしよう

「 子供に自分の仕事を誇れますか? 」

私が新聞で読んだのは確かこんな質問だったと思う。

 

はいと答えた人の1位は

消防士さんだったと記憶している。

(他の上位は教師、医者、警察官など、、、、)

 

「 自分の子供にも同じ仕事をさせたいですか? 」

 

これは消防士さんは(危険がつきものなので)若干ランクが落ちたと思うが

それでもベスト5には入っていたと思う。

 

 

カメラマンに挑戦する最後の一歩を踏み切ったのは

 

「 子供に誇れることをしよう 」という想いだった。

 

 

 

 『 仕事に貴賎なし 』

 

ただ、カメラマンだからといって誇れる訳ではない。

 

自分が本当にやりたいと思った事に挑戦して

信念に基づいて行動できる

それが自分にとってはカメラマンであった。

 

 

今でこそ言えるが

カメラマンの先輩方から

「 バスケット(撮影)も良いけど、

  生活の事も考えたら?」

幾度となく、アドバイスを頂いた。

 

実際収入面では非常に厳しかった。

 

独立1,2年目はまだ良い。

仕事が無いのは当たり前だからだ。

 

それが3,4年目になると

現状がある程度見えてくるのに反し、

まだまだ先が見えない事にもがき苦しんだ。

 

特に自分は27歳から挑戦したので

30歳を超えて未だに新卒の時の給料に

遥かに及ばない収入を目の当たりにし、

焦燥感に駆られた。

 

周りの同級生は結婚もしだし、

親になったり、マイホームを買ったりしているのに

自分は経済的には大学生のようなものであった。

 

 

しかし、ある時、

夢に挑戦しながら

収入の事で頭がいっぱいの自分が滑稽に見えた。

 

 

自分はお金儲けがしたくてカメラマンになったんじゃ無い。

子供に誇れる仕事がしたくてカメラマンになったんや!!

 

 

すると目の前がパーッと開けた。

 

 

人生は本当に不思議なもので、

自分の内面に変化があわられた時、

導かれるように仕事の話もやってきた。

 

 

「 最近こんな撮影いっていますが、どうですか? 」

 

知り合いのカメラマンから1本の電話がかかってきた。

 

その仕事はプロフェッショナルなカメラマンからすると

正直微妙な内容であったが、

当時の自分にとってはカメラマン人生、

いや、生活を繋ぐ貴重な仕事であった。

(もちろん信念を持ったからといって

やりたい仕事だけで生きていける訳ではなく

仕事を選ばず、休みも求めず、依頼があればいつでも受けた)

 

 

その後、「 子供に誇れる仕事 」

を再び意識し行動する中で、

バスケット撮影が加速していった。

 

自分の思いの丈をぶつけて撮影に挑んだ。

 

すると、今度はバスケットで出会った方々との

ご縁ができ、様々な撮影を依頼してくださった。

 

カップ戦や交流戦の撮影、

チームの記念品製作といったバスケ関係はもちろん。

 

バスケット以外にも

結婚式、前撮り、子供の七五三、家族写真、

などプライベートな撮影も依頼して頂いた。

 

 

時は流れ、2018年 

子供たちのバスケットのレベル向上を掲げ

バスケっ子ムービーを始めた。

 

「 後は仕事として成り立つかどうかですよね〜 」

 

最近言われたが、懐かしいニュアンスの言葉である。

 

はっきりいって採算がとれる見通しはいまの時点でゼロだ(笑)

(これはこれであかんのだが。。。。)

 

でも、自分には信念がある。

 

子供たちのためにもなる。

 

そして、バスケット撮影を始めた頃と違い、

多くの協力者がいる。

 

 

バスケット撮影を始めた頃と比べると

天と地ほどの差がある。

 

 

明るい未来しか見えてこない。

 

 

「 BB君、いつから指導者になったんですか? (-^□^-) 」

 

「 なんで写真屋さんがそんなことしてんすか?w ( ̄▽ ̄) 」

 

「 相変わらずバスケ好きやな〜(≡^∇^≡) 」

 

バスケっ子ムービーのことを話すと

みんな賛同して頂いたり、協力して頂ける。

 

そして、ハッと気づくとニコニコしながら

話している自分がいる。

 

 

あっ!!

 

これか、、、

 

これや!!!

 

これこそが自分がカメラマンを選んだ理由や!!!

 

 

ようやく気づけた。

 

なぜ、自分はカメラマンに挑戦したのか?

 

 

女の子にモテたいからです。

 

 

またこのオチかっ(ノ゚ο゚)ノ