2010年12月25日

木下さんは何者か?の考察~ベスト版①~(パソコン読者用)

テーマ:木下さん

※過去の木下さんの記事をごちゃ混ぜにして、再編集


 先日のことです。


 家の自転車置き場に原付きを停めていると、近所のおじさんがやってきました。


 「はい、これ!」


 知り合いがスイカをくれたらしく、おすそ分けしてくれたのです。


 僕はお礼を言って受け取り、家に入りました。ですが、そのスイカを見た僕の母親が、「これ、うちのスイカやないの!」と言うのです。


 僕の父親は、趣味で畑をやっています。このスイカは僕の父親が作ったもので、このおじさんの奥さんに昨日、あげました。このおじさんは、奥さんが僕の父親からもらったことに気づかず、僕の家に持ってきてしまったのです。


 このおじさんの名前は、木下さん。


 僕の近所に住む、「天然の天才」なのです。


 おかしなエピソードを挙げればキリがなく、その昔、「これ、運動会のときの写真!」と言って、僕が映っていない写真を渡してきました。


 ほかにも僕が高校生のとき、銭湯に汗だくでやってきたので、「どないしたん、そんなに汗かいて?」と訊いたら、「風呂入ってきてん!」と答えたのです。


 風呂でかいた汗を、風呂で流すんですよ?こんなもん、キリないでしょ!?


 お前、いつ終わんねん、それ!どこで線引くねん!


 僕の家は、兵庫県の尼崎市というところにあります。ダウンタウンを輩出した、関西ではおなじみの通称「アマ」で、変わった人がたくさん存在する街なのです。


 なかでも、僕の近所の商店街は、超個性派の集まり。そこで自転車屋を営むこの木下さんは、日本一頭がおかしいといっても過言ではない、奇人中の奇人なのです。


 そこで今回は、「木下さんは何者か?」の考察~ベスト版①~です。


 木下さんは、うちの母親の同級生で64歳。ボロボロの自転車屋を経営し、奥さんとの共働きで、僕の小学校の同級生の息子(サラリーマン・既婚)と娘(フリーター)がいます。


 このプロフィールを踏まえていただき、以下、木下さんにまつわるエピソードをご紹介します。


 信じがたいお話ばかりなのですが、すべて実話です。


検証エピソード①『お化け屋敷』
 これは、僕が小学校低学年のときのお話です。


 近所のデパートにお化け屋敷ができたというのを聞いて、僕は、誰かを誘って行くことにしました。


 ですが、父親は仕事でダメ。母親にも怖いものが苦手だと断られ、たまたま新聞屋さんにチケットをもらった木下さんが、僕を連れて行ってくれることになったのです。


 迎えた、当日。


 僕らは自転車に乗って、デパートに行きました。


 このお化け屋敷は、全国的に有名なものです。道すがら、「怖かった」「逃げ出したくなった」と、誰もが口々に言っています。顔も引きつっていたので、せっかく連れてきてもらったのに、僕は帰りたくなったのです。


 ですが、不安を口にする僕を、木下さんが励ましてくれます。


 「大丈夫や!単なる子供だましや!」


 「アホなことを言うな!何が怖いねん、あんなもん!心配ない!俺がいる!」


 このように、これ以上ない言葉で僕を勇気づけてくれたのです。


 「やっぱり大人は違うな!」


 僕は羨望の眼差しで木下さんを見ながら、お化け屋敷に入りました。


 お化け屋敷の中は、生ぬるい空気が充満しています。木下さんを壁にして進むものの、しょっぱなから、めちゃくちゃ怖いのです。


 血まみれの老婆やドラキュラが展示されており、遠くから、「ギャーー!」という客の叫び声が聞こえてきます。子供の僕は見てられないのです。


 「でも僕には木下のおっちゃんがおるんや!この人がいるかぎり安全なんや!」


 僕は自分にこう言い聞かして進んでいったのですが、3つ目の暖簾をくぐって切腹する武士が現れた瞬間、木下さんがぶわーって走り去ったんですよ!


 「人はここまで逃げられるか!」というぐらい、見事な置き去りの仕方なのです!見捨てるとはまさにこのこと、ジョイナーばりのスピードで走り去ったのです!


 しかも、テンぱりすぎて方向感覚がおかしくなり、僕のところに戻ってきたんですよ!「おっちゃん、こっち入口や!」と僕のほうが冷静なぐらいで、同じところを行ったりきたりしているのです!


 勘弁してくれよ、おい!子供心にトラウマなるやんけ!


 「ウギャーーー!ウギャーーー!!!」


 ウギャーやあるか、お前!さっきの勇ましい言葉どこに行ってん!


 進んだ地点にも怖いお化けがいるため、木下さんは、どこに行けばいいのかわからなくなっています。遠くで「ギャー!」というオッサンの叫び声が聞こえたかと思えば、戻ってきてギャーギャー叫ばれるので、お化けよりもこのオッサンのほうが怖いのです。


 その結果、恐怖を煽るためのアトラクションと勘違いして、子供が泣きだしました。木下さんが客の体にガンガンにぶつかってくるので、「妖怪当たり屋」みたいになっているのです。


 結局、木下さんは入口から出ました。


 僕もどうすればいいかわからず、係の人に連れられて入口から出たのですが、僕を見て言った木下さんの言葉に、僕は殺意を覚えました。


 「ここ、シャレならんわ……」


 お前がシャレならんねん!お前が1番シャレならんねん!


 僕は、このことがトラウマになっています。今でもお化け屋敷を見るとこのことを思い出すため、怖くて入れないのです。


検証エピソード②『訃報』
 これは、僕が中学校3年生のときの秋口のお話です。


 僕は当時、陸上部に在籍していました。


 暮れに行われる駅伝の大会に向けて、休日返上で走り込みをしていました。近所の川沿いを走り、仕事が休みの僕の父親は、ストップウォッチ片手にタイムを計測してくれていたのです。


 ですが、僕の父親が、心臓の病気を患いました。近所の病院で手術を受けることになったのです。


 幸いにも、症状は軽いです。手術といっても、失敗することがまずない、簡単なもの。父親は僕に、手術に立ち会わずに練習を続けろ、と言います。


 結局、僕は走ることを選択しました。


 そして、タイムを計測してくれていた僕の父親の代打で、木下さんが手伝ってくれることになったのです。


 僕は父親に、「しっかりな!」と告げて、いつもの河川敷に向かいました。


 僕の練習は、3キロを10分の休憩を挟んで5回走ります。木下さんにストップウォッチを渡し、「父さん、俺、がんばるからな!」とばかりに、猛スピードで走り始めました。


 ところが、その4本目に、事件は起こったのです。


 「たけちゃーん!たけちゃーん!」


 100メートルほど走った時点で、木下さんが叫びながら僕を追いかけてきました。必死の形相で、「たけちゃん、止まって!」と声を張り上げながら走ってきたのです。


 「父さんに何かあったな……」


 僕としては、こう思わずにはいられません。


 おそらく手術が失敗し、河川敷の入口で待機していた木下さんに、連絡が入ったのでしょう。


 気がつくと、僕は目に涙を溜めていました。優しかった父親を思い出して、「父さん、休みを返上してまで練習に付き合ってくれたな……」と、たまらなくなったのです。


 悲しみが疲労を凌駕して、頬に伝うレベルで、涙が止まらなくなりました。


 父親の訃報を聞きたくないとの思いから、追いかけてくる木下さんを無視して、走り続ける自分がいます。木下さんに聞かされるのが怖くて怖くて、足を止められないのです。


 ですが、いつまでも無視するわけにはいきません。僕は緊張で心臓をバクバクさせながらも立ち止まり、追いついた木下さんに「どないした?どないしたんや!?」と大声で訊いたところ、「たけちゃんごめん、ストップウォッチ押せてなかったわ!」って言いやがったんですよ!


 それだけかい!ちょっと待って、それだけなん!?


 「ごめん、押せてなかった!」


 だいたいで押せよ、だいたいで!100メートルぐらいやったら20秒足したらしまいやろ!


 「別に泣かんでもええやろ!」


 ストップウォッチ押せてなかったから泣いたんと違うわ!そんなんで泣くか、お前!そもそもお前が来る前から俺もう泣いてたやろ!


 「ええ加減にせいよ、お前!」


 僕は怒鳴りつけました。


 ただ、呼吸が荒れた状態で大声を出したため、嘔吐を催してその場にうずくまったのです。すると木下さん、吐き始めた僕に寄り添って、「大丈夫か?お父さんが心臓悪いからうつったんと違うか?」と、僕を病気と勘違いして慌て始めたんですよ!


 うつるか、ボケ!せめて遺伝とか言えよ!


 「救急車呼ぼか?」


 お前が運ばれろ!お前のほうこそ緊急で頭をオペってもらえ!「今の医学ではこの人の脳ミソは無理です!」とか言われるやろうけどな!


 あまりのバカっぷりに、父親だけではなく、僕の体もおかしくなりそうでしたよ。


検証エピソード③『撃ち合い』
 これは、僕が小学校高学年のときのお話です。


 当時、「BB弾」と呼ばれる、オモチャの銃が大流行しました。僕は友達を誘って撃ち合いをし、路上や公園、はたまた近所のマンションを使うなど、夢中になって遊んだのです。


 撃ち合いをするのは、友達同士とはかぎりません。撃ち合いをしているところに見知らぬ子供が乱入し、そこから戦いが始まることもありました。


 僕らはそのことを、「バトル」と命名しました。「今日はあいつらとバトルをしようや!」と言って、見知らぬ奴にもバトルをけしかけていました。


 ある日のことです。


 友達と2人で銃を持って歩いていると、2人組がバトルをしかけてきました。僕らは2対2に分かれて撃ち合いを始め、気がつくと、新幹線の高架下に移動していたのです。


 僕らは柱を壁にして、銃を撃ち合っています。すると、僕らのバトルを自転車屋の前で見ていた木下さんが、バトルに乱入してきたのです。


 「待ってろよ、お前ら!」


 こう言いながら高架下に現れ、僕らチームに加勢してきたのです。


 ですが、木下さんの銃は、銀玉鉄砲なのです。


 家の引き出しから急遽取り出してきたであろう子供だましの銃なので、まったく戦力になりません。弾が当たったところで痛くもかゆくもなく、しかもその玉は、5、6発しか入りません。持ち合わせの玉も入ってる分だけなので、その都度玉を拾いに行きます。撃っては拾いに行き、敵陣に乗り込んで、「ちょっと、足どけて!」と言って拾うので、せっかくの緊張感が台無しなのです。


 関わると、ややこしいです。僕らは相手にしなかったのですが、途中から、妙な芝居をけしかけてきました。『太陽にほえろ』に影響されたのか、「俺が後ろで援護するから奴らをしとめろ!」と叫び、「おい、ジーパン!」と、僕をあだ名で呼び始めたのです。


 何者やねん、お前!いい歳して何考えとんねん!


 「ジーパン!おい、聞いてるのか、ジーパン!?」


 短パンやねん、俺!ド短パンや、俺!


 僕らは、まったく相手にしません。木下さんをいないものと考えてバトルを続けたのですが、弾詰まりを起こした木下さんが銃を捨て、指で銃の形を作って口でパンパン言い始めたんですよ!


 もう何なんですか、このオッサン!子供の遊びにこんなテンションの奴、頭おかしいでしょ!?


 「パンパン!パンパン!」


 パンパンやあるか、お前!ていうか、40やんな?自分、40すぎの大人やんな!?


 そして両手で2丁の銃を作り、柱の陰を移動し始めたんですよ!頭から飛び込んでかっこをつけたり、自分の指を叩いて、「やべえ、弾詰まりを起こした!ジーパン、俺を援護してくれ!」と妙なリアリティーを出したかと思えば、持ってたちくわを銃代わりにして、かじりながらパンパン言い始めたんですよ!


 もう帰れ、お前!それも家ではなく、土に帰れ!


 「おい、ジーパン!俺の銃がおかしくなった!援護してくれ!」


 お前が食うからや!お前が食うから壊れてん、それ!ていうか、壊れたかどうかはお前のサジ加減ひとつやろ!


 「ジーパン、聞いてるのか!?」


 効いてるわ!聞いてるんじゃなくて効いてるわ!お前みたいな奴が味方におったら体壊すわ!


 結局、相手の2人組は逃げて行きましたからね。「このオッサンにこれ以上関わるとやばい……」とばかりに、僕らの銃にではなく、このオッサンの存在に恐れをなして逃げて行きましたから。


検証エピソード④『市民病院』
 これは、2ヵ月ほど前のお話です。


 僕の父親は、趣味で野菜を作っています。農作業用の道具がボロボロになっていたので、次週に迫った父親の誕生日に、買い替えてあげることにしました。


 僕の近所には、その手のお店がありません。鋤(すき)や鍬(くわ)は専門店にしかなく、大阪にある専門店に、仕事の帰りに寄ることにしました。


 ですが、そのことを自転車屋にいる木下さんに伝えたところ、「そんな店やったら地元にもあるよ!」と言います。鋤や鍬も置いてあるらしく、すぐにその店に向かうことにしたのですが、店の場所を教えてくれる木下さんの説明が、めちゃくちゃなのです。ヘタすぎて、まったく頭に入ってこないのです。


 まず、「この道をまっすぐ行くやんか。ずーっとずーっとまっすぐに行くねん。そしたらそこに信号があるから……」と言われたものの、どこの信号かわかりません。「そこに信号があるから!」と言われても、そこがどこかわからないので、動きようがないのです。


 「そこに、何か有名な建物はある?」


 僕がこう訊いたところ、「赤いパン屋がある」と答えました。ですがこれ、ampmのことなんですよ。


 ampmを赤いパン屋ですよ?たしかにパンも売ってはいますけど、パンの専門店ではないでしょ!?


 それでも、僕にはampmだということがわかりました。


 「もしかして、市民病院の近く?」


 僕が訊いたところ、「そうそうそうそう!」と、市民病院の近くであることが判明しました。ただ、「そこに市民病院があるやろ。市民病院の右の道をまっすぐ行って左に曲がったら市民病院があるから、そこをまたまっすぐ行って左に曲がったところにある市民病院を……」と、また訳のわからないことを言い始めたのです。


 お前、何回、市民病院って言うねん!市民病院を曲がったら市民病院があるって、そりゃそうやろ!そこは市民病院やねんから!


 しかも、散々、市民病院と言っておきながら、そこから離れた場所を言われました。よく考えたら、市民病院は関係ありません。意味なく回らされただけで、新しいタイプのウソつきなのです、この人。


 僕は、木下さんから正確な場所を聞きだすのは無理だ、と判断しました。市民病院の近くにあることだけはわかったので、すぐに原付きで向かいました。


 しかし、いくら探しても見つかりません。結局、木下さんには見つからなかったと報告し、誕生日前日に大阪の専門店で買って、父親に渡しました。


 苦労しただけあって、父親は喜んでくれました。


 そこで、木下さんとの一件を父親に説明したところ、「その店、10年以上前に潰れたで」と言います。そう木下さん、とっくの昔に潰れたことに気づかないで、僕に説明していたのです。


 それでも、木下さんのことです。僕も潰れているとは薄々感づいていたので、あまり気にならなかったのですが、このあと父親が口にした言葉に、僕は耳を疑いましたよ。


 「その店、10年以上前に潰れたで。今は市民病院になってるわ」


 そこやんけ!曲がらして難しくしてたけど、そこやろ!今はないかもしらんけど、まさに市民病院やんけ!なんで曲がらして違う道に行かしてん!


 もうね、開いた口がふさがらなかったですよ。


検証エピソード⑤『木下イモ』
 木下さんは、3年に1回のペースで、近所に自作の料理を配る癖があります。


 ですが、この料理が、めちゃくちゃまずいのです。犬ですら見向きもせず、カワハギの煮付けを持ってきたときなんて、「いいから黙って食ってみ!食ったらわかる!」と、海原雄山なみの強い口調で言ってきたものの、味以前に、火が通っていなかったのです。


 6年前のことです。


 木下さんが「おいしいおイモさんができたよ!」と言って、めちゃくちゃまずい大学イモを配り歩いているという情報が飛び込んできました。


 まずすぎて、「あんたのところは来た?」「来た、来た!めちゃくちゃまずかったわ!」と、近所でウワサをされています。「木下イモ」と命名されるほど、煙たがられていたのです。


 この木下イモに使用したイモは、亡くなった僕のおじいちゃんの畑で栽培されたものです。相続税を支払うためにいずれ売却するのですが、「おじいちゃんの意志を継ぎたい」と言いだした木下さんが、期間限定で引き継ぎました。


 したがって、木下さんの野菜に対する思い入れは強く、まずくても文句は言えません。僕ら家族としても、おじいちゃんの畑で獲れたものを、まずいとはいえ捨てるわけにはいかないんですね。


 そしてあるとき、ついに木下さんが僕の家にやってきたのです。


 僕は家にいなかったのですが、試食した、いやさせられた家族いわく、「人はここまでまずいものが作れるか」と思えるほどの代物だったそうなのです。


 台所のテーブルには、その木下イモが置いてあります。僕は、興味本位でひと口かじってみたところ、これが信じがたいまずさだったのです。


 僕の母親が、僕にお願いしてきました。


 「木下君、ジャガイモがいっぱいあるから、また持ってくるわ。だから、あんたがまずいって言ってくれへん?」


 ですが、料理をけなされたときの木下さんの怒りっぷりは、僕も知っています。注意するのはイヤなので断ったのですが、母親が僕に、お金を渡してきたのです。「これでお願いします!」と、用心棒を雇うような必死さでお願いされたため、僕は引き受けざるをえなくなりました。


 迎えた、翌日。


 2階の部屋でくつろぐ僕に、自転車の音で察知した僕の母親が、「たけし!木下君が来たで!」と叫んできました。僕はタバコを1本吸って気持ちを落ち着かせ、階段を下りました。


 そして、台所にやってきた木下さんが「お待ちどう!」と言って渡してきた瞬間、言ってやったのです。


 「おっちゃん、悪いけど、はっきり言うわ!これ、めちゃくちゃまずいわ!」


 言われた木下さんは、僕に言い返します。


 「アホな!たけちゃん、味覚音痴やからな!」


 世界一の味覚音痴に言われたことで、僕はむかっときました。


 「ほんまにまずいねん、これ!近所の人も迷惑してんねん!だからもう配り歩かんといてくれ!」


 こう怒鳴ってやったのです。


 すると怒るかと思いきや、僕の血相に恐れをなしたのか、そのまま何も言わずに帰って行ったのです。


 僕の母親は大喜びです。「近所の人に連絡する!」と大はしゃぎなのですが、僕は木下さんの悲しそうな背中を見て、何とも言えない寂しさに襲われました。「ちょっと言いすぎたかな……」と、お金をもらってやった罪悪感も相まって、その日は眠れなかったのです。


 翌日のことです。


 部屋で寝ていると、「ピンポーン!ピンポーン!」と、誰かが何度もインターホンを鳴らしています。


 布団を出て玄関に行くと、木下さんがいました。いつもは勝手口から黙って入ってくるくせに、この日にかぎって、なぜだか玄関にやってきたのです。


 木下さんは言います。


 「昨日は悪かった。たしかに、人によっては、あれはまずいかもしらん。だから今日は、必死で味を変えてきた」


 このように真摯な態度を見せ、「おじいちゃんの畑で作った野菜やから、俺も粗末にはできん!だから、これよかったら、食べてくれへん?」と、低姿勢でお願いしてきたのです。


 僕は、言いすぎた自分を反省しました。木下イモは、木下さんと亡くなったおじいちゃんの思いの詰まった、愛情料理なのです。


 僕は、「おじいちゃんのことを悪く言ってはいけない!どんなことがあっても、まずいとは言わない!」と誓いました。それこそ、「仮にウンコを出されても全部食べておいしいと言おう!」と決意したのですが、いざ口にしたニュー木下イモが、昨日の木下イモの1000倍まずかったんですよ!


 口に入れた瞬間、ドゥーーーンと吐き出していたのです!僕のノドが「これ、飲み込んだらあかん!絶対に飲み込んだらあかん!」と命令してきたために吐き出し、「ウンコでも全部食べる!」と誓ったのにウンコよりもまずかったんですよ!


 お前、何入れてん、これ!何を入れたらこんなにもまずくなんねん!お前これ、ゴミでもまずいほうの部類に入るぞ


 本当に、シャレにならないレベルでまずいのです!油でギトギトなのはおろか匂いも臭く、しかも砂糖が多すぎてって、もう砂糖ですわ!もうこれ、砂糖です!「この世のあらゆるまずいもので味付けした砂糖」です!


 なにより真っ黒なので、もう食い物と違うんですよ、これ!ヒューマニズムなどあっというまに吹き飛ばす、人知を超えた究極のまずさなのです!


 こんなもん、戦時中にジャングルにこもる兵士ですら、いらんって言いますよ!いやむしろ、自決の意味で口にしますよ!


 僕は、「ごめん、ほんまに許してな、おっちゃん。これ無理やわ」と、何度も頭を下げました。


 ですが、悲しそうに帰った木下さんの背中を見ても、前日に感じたような寂しさは、微塵も感じられませんでした。あまりにもまずくて、「まずさが優しさを凌駕した」のです……。



 以上が、木下さんにまつわるエピソードです。


 ちなみに今年は、3年周期で訪れる、木下料理の襲来年です。


 カワハギの煮付け、木下イモ、そして3年前には再び魚(ベラ)の煮付けと、ここ9年間で、「魚、野菜、魚」ときています。今年は野菜の可能性が高く、まさか最近、頻繁に僕の父親の畑に出入りしているのはそのためでは!?


 眠れなくなりそうなので、考えるのはやめにしておきます……。


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コメント

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1 ■やっぱり木下さんは最高です!!

メリークリスマス、バスコさん!

いやぁ、最高のクリスマスプレゼントですよ、「木下さんベストバージョン」キター Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!

姪御さんとのやり取りとか、まだまだ木下さんは登場しますよね。

何度読み返しても、横隔膜がよじれて切れそうになるほど笑えるって、どんだけ底力あるんだろう。

木下さん・・・

そんな木下さんにも、バスコさんにもヨン様会のお姉さま方にも王将のすごい人たちにも・・・

素敵な聖夜でありますように!

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