秋気かな指にうす闇あらがいて 掌
◆秋気・秋気澄む・秋の気
秋の気配・秋の大気について言い、
ことに秋の清く爽やかに
澄み切った空気の感触を言う。
漢詩から出た言葉。
秋の季語。
秋気かな指にうす闇あらがいて 掌
◆秋気・秋気澄む・秋の気
秋の気配・秋の大気について言い、
ことに秋の清く爽やかに
澄み切った空気の感触を言う。
漢詩から出た言葉。
秋の季語。
「4つの革命 ビアズリーからダリまで」展を
高崎市美術館で観てきました。
「4つの革命」とは19世紀後半から20世紀にかけて、
ヨーロッパ美術の世界に起こった
<革命的>な表現のこと。
革命1 オーブリー・ビアズリーの耽美主義
革命2 パブロ・ピカソの視覚革命
革命3 ダダとシュルレアリスの精神革命
革命4 エコール・ド・パリ
1ではビアズリー、
あの「サロメ」3点が観られます。
印象深い白黒の装飾的なサロメやヨカナーン、
こんなに悪魔的で、蠱惑に満ちた作品を描いた
ビアズリーは22歳!?
2 ピカソ初期の作品「貧しき食卓」のデッサン。
貧しい、若い夫婦の鎖骨の浮き出た身体、
たったひとつ置かれたジャガイモ、
痛い、渇いた画面です。
3 「ダダ宣言1918」を書いたのは詩人のトリスタン・ツァラ。
「シュルレアリスム宣言」1924年に
詩人アンドレ・ブルトンによって著されています。
ここではダリの作品。
4 エコール・ド・パリはまさに20世紀の華。
世界各国のアーティストたちの坩堝。
シャガールやザッキン、レジェ、藤田嗣二、
マリー・ローランサンなどなど。
レジェの「サーカス」もあります。
かつて観た作品に出会えたり、
この館所蔵の絵画など見ごたえたっぷり。
さらに、さらに
グラフィックデザイナー佐藤晃一(好きです♪)
のポスター作品。
と
創作版画・谷中安規、
前川千帆と充実の展示でした。
2020年10月18日(日)まで
日本歌曲とは日本語の詩に
作曲された声楽曲のことです。
ちょうどこの季節の花「彼岸花」の曲も
レッスンを受けました。
2016年4年前になるのですね。再録いたします。
日本歌曲の第一人者、塚田佳男先生の
歌い手とピアニストのための公開レッスン。
雨の中、熱心な聴講生が出席している。
「三つの小唄」 北原白秋 詩
團伊玖磨 作曲
春の鳥
石竹(せきちく)t
彼岸花
この三曲でレッスンを受ける。
北原白秋『雪と花火』からの詩。
白秋の初版本がネットに全ページ掲載されているのに、
びっくり。そしてうれしい。
楽譜に載っている詩はどこから引用しているのか、
表記が違っていることが多く、
初版か全集を調べるようにしているので。
歌、ピアノともに西洋音楽ではなく
邦楽の<間>をあらわすよう、言われる。
ピアノは太棹あり、鼓あり、歌舞伎のつけ、あり。
うたの楽譜にある細かい「装飾音符」でなく、
「こぶし」にする。
半音づつ音程を上げていくのは
音程をきっちりとるのでなく
切れ目がわからないようにずりあげる、などなど。
これを「西洋音楽」で演奏する !?
ときおり先生、実際に歌ったりされる、
その<邦楽>の素晴らしいこと。
「彼岸花」の後奏の最終音、
楽譜に書かれている音より1オクターブ下げる。
鐘の音が遠くから響く、
ところなのでとても効果的になる。
塚田先生がこの曲の作曲家・團伊玖磨氏に聞いてもらい、
同意を得た、とのこと。
貴重なアドヴァイスを受けた。
休憩で、リサイタル<萩原朔太郎をうたう>の
話なども先生といたしました。
「山村暮鳥『田圃にて』という詩、
楽譜では「たあんき ぽんき」になっていますが、
これは中田喜直先生が変えたのでしょうか?」
と質問したところ、
やはり作曲家による変更、と。
この三曲、2016年11月30日(水)に
高崎演奏家協会 定期演奏会で歌います。
「通り過ぎる電車のように 安藤紘平」展
前橋文学館で観ることができました!
広瀬川に逢うのも、文学館へ入るのも7ヵ月振り。
今日の広瀬川とうとうと「白く」流れて。
萩原朔美館長が出会った表現者たち、
その第三弾が映像作家「安藤紘平」展。
映像を支柱とした展示。
その映像との出会いは天井桟敷の海外公演中に
寺山修司と折半して中古の16㎜カメラを
購入したことがきっかけ、とか。
ご自身で執筆されたシナリオ、映像作品、CM、
映画祭の数多い写真など興味深くて。
フランス国際映画祭などたくさんの審査をされていますが、
ここ前橋文学館で、「萩原朔太郎生誕120周年」のおり、
公募の映像作品を小栗康平監督とともに
審査されていた姿もなつかしく。
映像作品も多いので、時間をとってお出かけください。
まだ間に合います♪
2020年9月22日まで。
◆前橋文学館ホームページ
萩原朔美館長が出会った表現者たちを取り上げるシリーズの第3弾として、
映像作家の安藤絋平さんを紹介します。
安藤さんは寺山修司主宰による演劇実験室・天井棧敷の制作として活躍、
〝ネクタイの似合うただ一人の劇団員〟として
劇団初の海外公演の実現に奔走し、
寺山修司と折半して中古の16㎜カメラを
購入したことで映像の世界と出会います。
TBS社員として勤務する傍ら、
ハイビジョンに先鞭をつけた制作者として世界的に活躍し、
多くの映像作家や俳優等と交流を持ち、
繊細で独創的な映像作品の制作で高い評価を受け、
現在も映画祭の審査員を務めるなど活躍しています。
制作者、技術者、そして表現者としての顔をもつ
安藤さんの世界を、映像作品を中心に展示紹介します。
2016年、4年前の9月の高崎兜太句会。
熊谷からの兜太先生のお越しを
メンバー皆でお待ちしていました♪ 以下に。
兜太先生、はやばやと到着。
このところJR新幹線の時刻表がかわって、
次だと遅れてしまう、とか。
来月から15分早めに始めることとなった。
句会の前にお話し。
前日、中村草田男「萬緑(ばんりょく)」の解散に
立ち会ってこられたとのこと。
兼題は「水田(みずた)」。
6月にこの句稿を提出しているので、
いまの季節とはそぐわない(笑)。
三句&問題句を一句選えらぶ。
今回はわれて、まずは5点の
月を抱く水田一枚ずつの物語
私のも選びました。
ちょっとあまいかとも思いますが・・・
兜太評:素朴な句。
「月を抱(だ)く」ではなく「月抱(いだ)く」とすると
平凡の非凡となる。
問題句のみで6点となったのはこの句。
没頭すわたし秘かに棚田です
この句も選びました。
兜太評:「没頭するわたし」と読む。
なにかに没頭して不安、孤独な状態、
「棚田」におちいった状態、自分は棚田的存在。
平坦な田でなく、立体的な「棚田」であるのがよい。
兜太先生、今月の句の評価、点数で示された。
私、どうも「水田」「青田」などは苦手で、
今月は<無事通過>で終りました(苦笑)。
映画「パヴァロッティ 太陽のテノール」
観ることができました!
このパヴァロッティのドキュメンタリー映画、
予告にあるよう9月に観ることができるのか、
とても危ぶんでいました。
高崎へ行くのも2月以来、ちょうど7か月ぶり。
無事に観られたことが、こんなにも嬉しい、とは。

むろんパヴァロッティの歌声もたっぷり♪
小学校の先生からオペラ歌手へ、
どのようにキャリアを積み上げていったか、
マネージャー、エージェントなどの証言、
三大テノールのドミンゴやカレーラス、
その結婚、妻、愛人、のちの妻、三人の娘たち、
「どのように歌を愛し、人生を愛し、パスタを愛した」かが、描かれて。
メトロポリタン歌劇場・配信で観られた、
絶頂期の「ラ・ボエーム」「愛の妙薬」「トゥーランドット」。
そのなかのアリアも映画のなかにありました。
ミスター・ハイC、
輝かしい芳醇な高音はパヴァロッティならでは。
なかでもドミンゴの指揮で歌われた
「誰も寝てはならぬ」はまさに絶唱!
歌い終わったパヴァロッティの潤んだ瞳、
その表情がすべてを物語っていました。
このアリア、いまも頭のなかで
エンドレスに鳴り響いています。
映画「パヴァロッティ」、至福の刻。
パヴァロッティが好き、
オペラがお好きでしたら、ぜひ。
ヨナス・カウフマンの「ウエルテル」2014年公演
このプロダクションを観るのは2回目。
(メトロポリタン歌劇場の配信)
もう惚れ惚れするカウフマンのウエルテル。
そのウエルテルの苦悩の心理描写の
なんと緻密で、切々と迫ってくることか。
その容姿、
そのほの暗い声での
歌唱も演技も素晴らしいことは言うまでもありません。
第三幕のアリア「春風よ、何故に私を目覚めさせるのか」を
なんども繰り返し聴いてしまいました。
第一幕ウエルテルとシャルロット
ソフィー・コッシュ(シャルロット)もさすが。

シャルロットとソフィー
リゼット・オロペーサ(ソフィー)が良かった。
ややもすると朗らかで、
ただ明るい妹になりがちなソフィー役、
姉を思いやる心情がにじんでいました。
リチャード・エア(英国):演出
演劇の演出家とか。
オーソドックスな舞台ですが、
細やかな演技、心理の描き方もうまく、ドラマティック。
美しい舞台美術とも相まって、見ごたえ十分な舞台。
指揮:アラン・アルティノグリュAlain Altinoglu
舞台美術:ロブ・ハウェル
朝顔、まだまだ元気に咲いています。
朝顔は「夏の花」と思われているかも。
小学生のころ「朝顔観察日記」
夏休みの宿題にあったりして。
俳句では秋の季語。
近くの家ではグリーンカーテンにして、
ピンクやブルー朝顔が咲きつづけて、涼やか。
この「蕣」あさがおの漢字表記、好きです。
シーボルトも日本の代表的な花として、
海外に紹介しています。
◆アサガオ(朝顔、学名: Ipomoea nil 、英: Morning glory)。
ヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物で、
日本で最も発達して、ポピュラーな園芸植物。
奈良時代からある古典園芸植物のひとつ。
中国語で牽牛(簡)。
(画像は「季節の花」よりお借りしました)
「朔太郎は故郷(前橋)を嫌うほど、愛していた」
朔太郎の孫で、館長の萩原朔美さんの言葉です(2020年9月2日)。
萩原朔太郎記念 前橋文学館のホームページに
「館長の言葉」として、アップされています。
https:/
その呪詛や怨みが切々と書かれた詩のひとつが、
「公園の椅子」(『純情小曲集』)です。
公園の椅子
萩原朔太郎
人氣なき公園の椅子にもたれて
われの思ふことはけふもまた烈しきなり。
いかなれば故郷(こきやう)のひとのわれに辛(つら)く
かなしきすももの核(たね)を噛まむとするぞ。
遠き越後の山に雪の光りて
麥もまたひとの怒りにふるへをののくか。
われを嘲けりわらふ聲は野山にみち
苦しみの叫びは心臟を破裂せり。
かくばかり
つれなきものへの執着をされ。
ああ生れたる故郷の土(つち)を蹈み去れよ。
われは指にするどく研(と)げるナイフをもち
葉櫻のころ
さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり。
注:()はルビ
◆郷土望景詩の後に
前橋公園
前橋公園は、早く室生犀星の詩によりて世に知らる。
利根川の河原に望みて、堤防に櫻を多く植ゑたり、
常には散策する人もなく、さびしき芝生の日だまりに、
紙屑など散らばり居るのみ。
所所に悲しげなるベンチを据ゑたり。
我れ故郷にある時、ふところ手して此所に來り、
いつも人氣なき椅子にもたれて、
鴉の如く坐り居るを常とせり。
イサム・ノグチ展を観たのは2年前。
イサム・ノグチの軌跡をたどる
じつに充実した展示でした。
再掲いたします。
「イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」展を
東京オペラシティ アートギャラリーで観てきました。
イサム・ノグチ (1904~1988)は
日本人の詩人の父親(野口米次郎)と
アメリカ人の母親のもと、アメリカに生まれる。
彫刻、舞台美術、家具、照明器具などのデザイン、
陶芸、庭、ランドスケープ・デザインを手がけています。
横たわる男
会場にはいるとドーンと巨大な水墨のドローイング。
北京に滞在中に水墨を学び、その折の作品が8点。
その墨の線が自在に走り、のびやかなこと。
モダンダンスのマーサ・グラハムの舞台装置、
衣装もデザインしています。
そのマーサ・グラハムのモダンダンスの映像が流れていて、
装置の大きさやどのような作品であったか、
見ることができました。
あかり
照明の「あかり」の部屋。
この提灯、光の彫刻といわれています。
半径2メートルもある巨大なものも展示されて。
うちではもう数十年この「あかり」を使っています。
子供のための遊具デザインや、庭、ランドスケープは
デザイン画、模型、映像で。
「チェイス・マンハッタン銀行プラザのための沈床園」など
静寂をたたえ、ゆるぎない。
アーケイック
圧巻なのが、石の彫刻。
自然から見出した<石>や<岩>、
その嶮しい肌合い、厳粛なたたずまい、
すざまじい存在感。
「アーケイック」「無題」など惹きこまれて・・・
イサム・ノグチのじつに多様な活動、
圧倒的な作品。
見ごたえがありました。
チラシにはこう紹介されています。
<若き日に北京で書いた毛筆による身体ドローイング、
モダンダンスの開拓者、マーサ・グラハムのための舞台装置、
日本で製作された陶芸品や光の彫刻「あかり」のデザイン、
さらには、ランドスケープに関わる模型・資料・動画、
そして晩年のなまで、多様な作品を通して、
「異文化の融合」や「生活と環境の一体化」>
9月24日(月)まで。