バセドウちゃんを『バセドウ病』から救ってくれたもの・・・ -6ページ目

27,ある夜の出来事・・・『バセドウ病』のかゆみ

こう暑いと思い出してしまいます。

一年前のお盆の夜のこと・・・。



あの夜は、『バセドウ病』のかゆみと、

本来持っている「アレルギー性」のかゆみと、

久しぶりの「喘息」とが同時に襲ってきて、

かゆくてかゆくて息苦しくて・・・・・


生き地獄、を味わったかのような夜でした。




昨年のお盆の夜、実家に帰省し

母と和室に布団を敷いて

同じ部屋にねていました。



この頃、常に身体のどこかが痒くて

ポリポリと掻いていたのですが

その夜はいつも以上に痒みが激しくなりました。


暑い時期でしたし、バセドウ病の湿疹以外にも、

汗疹が原因の痒みもあったと思います。



私は、アレルギー疾患もあり

あらゆる要素(ハウスダスト・杉・動物などなど)に

プリックテストですべてに反応し、主な症状として、

「アレルギー性鼻炎」と「喘息」を持っています。

あと、「アレルギー性の結膜炎」によく罹ります。



その夜は、おまけに「喘息」も久しぶりに出てしまいました。


喘息は、気道が圧迫され、吸う息・吐く息が共に少なくなり、

思うように呼吸が出来なくなります。

圧迫されて狭くなった気道に空気が通りますから、

呼吸するたび、ヒュー、ヒューと音がします。

この音が始まると、不安に陥るのです。



その夜は、それらが一気に爆発したかのように

同時に起こりましたから・・・凄まじいものでした。



猛烈な痒み。

体温も上昇し、汗が出て、血も滲み出て・・・

でも、まだ痒くて、その上から掻く。


着ていた衣類にも、布団のシーツにも血が付きました。

気が狂いそうでした。



泣き叫ぶ私を見て、

母が氷を持ってきて、皮膚を冷やしました。


せっかく冷やしてくれている母の優しさにも関わらず、

精神的な高揚がピークになり、

「こんなのじゃ、ダメよっ、お母さんは自分がなったことないから

こんなつらいの わからんでしょっ!!」と

跳ね退けてしまいました。

そして、母までもが涙を流して、この家の

ホコリがよくないんだね、と言って、

夜中の2時近く近くの兄の家に電話し、

車で連れ出してくれました。


車での移動中も、歩いている最中も、猛烈に

痒くて痒くて、息苦しい・・・。



家族みな健康なのに

「なぜ私だけがこんな目にあうの?」という思い、

それから、「親にいつまでも心配かける事の申し訳なさ」で

気持ちも高ぶり、ますます涙が流れました。





子供の頃から、ホコリがだめで、ぬいぐるみや、

毛のふわっとした衣類、それから床のカーペットは禁止でした。


でも、どうしても、ぬいぐるみで遊びたいときは、

ビニール袋を被せられて、遊びました。

喘息の発作が出るたびに、自分も苦しかったですが

親にも心労を与えてることも、辛かったです。



私が家をでてからは、母も自分の好みに変え

それまで私が居る事で出来なかった反動から、

カーペットを敷き、カーテンを厚いものにし、ネコを飼い

ホコリ環境が整ってしまいました。

母は健康ですし、アレルギーとは無縁の身体ですから。




その夜の「深い引っ掻き傷の痕が

一年経った今も、腕の一部に残っています。



その傷を見るたびに、あの日の夜を思い出し、

自分の健康のことを思うのと同時に、

健康のありがたさを思うのです。



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ちなみに今年のお盆帰省中は、

「痒み」はまったく出ませんでした。


『バセドウ病』の治療が進み、

数値がかなり落ち着いたせいだと思います。


アレルギー性結膜炎と、軽い喘息は出てしまいましたが、

昨年の症状からすれば、比べ物にならないほど

良い状態です。


この結果からしても、やはりあの「痒み」は

『バセドウ病』の症状、と断言しても良いと思います。


今、現在『バセドウ病』で痒みのある方も、

数値が落ち着けば、痒みも治まると思います。

少なくとも、私はそうでしたから・・・。


あまり心配されないでくださいね。



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