延べ18年間、社会人野球界でお世話になってきた僕でさえ、この本を読んではじめて知ったことは多かった。


社会人野球の生い立ちや都市対抗野球大会の現状などだ。


なかでも社会人野球の歴史を知ることで見えてくることがいくつかあった。




そのひとつが、最近聞くようになったこのセリフの意味、というか役割である。


「野球人である前に社会人であれ」


はじめて聞いた時から「おかしなセリフだなぁ」と思っていた。


“社会人”とは「実社会で働いている人」の意味だから、学校を出て仕事で生計を立てていれば皆“社会人”である。


だから、働きながら野球をやっているクラブチームの選手に対してこのセリフを使っても意味がない。


彼らは生活のため、そして好きな野球をやるために否応なしに“社会人”でいなければならないのだ。


では?


そう!


このセリフは“社会人”ではないのに“社会人”のように振舞わなければならない人のためにあるのだ。


都市対抗に出るような企業チームのほとんどは職場でまともな仕事をさせてもらえない。


午前中しか職場にいないし、大会が近くなると来なくなるのだから仕方がない。


もちろんそんな仕事に対して給料が発生するわけもなく、野球部としての活動に対して給料が支払われる。


選手は球場でプレーすることを生業とするプロであり、実社会で働く“社会人”ではないが、社員であるという手前、 “社会人”らしく振舞わなければならないし、それができなければ引退後社業に就くことはできないというわけだ。


これは、つまり、正力松太郎 が残した


「巨人軍は常に紳士たれ」


の社会人野球版であろう。


「プロ野球なら少々後ろ指をさされても勝ちさえすればいい」という考えを戒める言葉だろうが、プロ化が進んだ社会人野球にも同様の戒めが必要になったということか。



まだまだつづく。。。