この所ずっと翻訳でお世話になっている Bonn-jour様が、
イギリスのオペラ雑誌 Opera Now 2月号のフランコ・ファジョーリの
インタビュー記事をまたまた翻訳してくださいました!!!!!!

Bonn-jourさん、どうもありがとう!!!!!

それでは・・・・・




OPERA Now 2013年 2月号 フランコ・ファジョーリ インタビュー

この声と歩む人生    フランコ・ファジョーリ

アルゼンチン出身のカウンターテナー、フランコ・ファジョーリは、ナンシー歌劇場でレオナルド・ヴィンチの遺作となったオペラ「アルタセルセ」に出演し、割れんばかりの喝采を受けた。彼は、このオペラにカルト的な魅力を与えたのだ。そして最近、パリのシャンゼリゼ劇場で、ファジョーリと4人のカウンターテナー・スター歌手が揃い踏みした最高のキャストは、満場の観客からさらに熱狂的な賛同を勝ち取った。驚異的な声でライバルを足元にも寄せ付けない歌手、ファジョーリを、フランシス・カーリン記者がインタビューした。

Opera Now:まず、ご自分のバックグラウンドからお話しいただきましょうか。ファジョーリさんは、スペインとアルゼンチンのハーフだと聞きましたが・・・。

フランコ・ファジョーリ:ええと、苗字からお分かりの通り、イタリアの血も入っているんです。ですから3分の1ずつということになりますね。1981年にトゥクマンという、ブエノスアイレスから北に1,200キロの町で生まれました。僕の家族は大の音楽愛好家でして、民謡をよく歌ってましたが、クラシックとは縁がなかったのです。祖母が音楽の基礎を手ほどきしてくれましたが、もう高齢だったので、それ以上のことはありませんでした。

ON : それでは、どのようにしてクラシックの道に入ったのでしょう?

FF : 8歳の時、地元の大学に付属する児童合唱団に入りました。これは宗教とは無縁の合唱団です。アルゼンチンには、宗教系の合唱団の伝統はないんですね(とはいえ10代の頃、自分で聖歌隊を結成しましたが)。14歳まではボーイソプラノとしてソロを歌い、「魔笛」の3人の童子の一人もやりました。その間にピアノも始めまして、声変わりした後はピアニストとして合唱団に残りました。16歳の時に自分の合唱団を結成したんですが、指揮と平行して歌も歌い、ソプラノ、アルト、テノール、そしてバスのパートまでやりました!その頃、自分の頭声はなかなかのものだということに気付いたのです。

ON : つまりファルセットということですか?

FF : ファルセット(訳注:語源は「偽りの声」)という言葉は、偽物のように聞こえるので好きではありません。専門用語としても適切ではないと思います。僕たちカウンターテナーが使うテクニックは、頭声と呼ぶほうがいいですね。つまり、胸声と頭声があるわけです。

ON : その当時、ご自分のカウンターテナー・ボイスには気付いてましたか?

FF : 最初は気付きませんでした。ピアノに力を入れていたので。けれども常に、自分の声で歌ったり、ふざけたりしていました。声変わりはしたけれど、実際には高音が残っていたのです。当時は、自分が女性の真似をしていると思っていました。カウンターテナーが本物の声域であることを知らなかったのです。そしてある日、ペルゴレージのスターバト・マーテルのCDを買いに行き、エマ・カークビーとジェイムズ・ボウマンのCDを見つけました。その時、思ったんです。「でもこれは、男性が歌ってるぞ。アルト・パートは男だ!」って。もうびっくりしてしまって、そのCDを買い、家に帰って聴いてみると、ボウマンがやっているのは自分と同じことだと分かりました。じゃあ僕もカウンターテナーになれるぞ。ピンときた瞬間でした。

そしてトゥクマンで声楽の勉強をしてからブエノスアイレスに移りました。僕はテアトロ・コロン付属芸術学校に入学を許された、初めてのカウンターテナーでした。

ON : あなたの声種に対して、どんな反応がありましたか?ご家族は驚きましたか?

FF : ええ、母は少々ね。僕がこの声を使ってふざけていた頃、母は、そんなことをしたら声が潰れてしまうと注意したものです。何か間違ったことをしていると思っていたんですね。けれど、後になってカウンターテナー唱法を知ってからは、母はとても乗り気になりました。でも、僕たちの住む世界、あるいはアルゼンチンではカウンターテナーという声楽の様式を誰も知らないので、用心しなくちゃいけないと言われました。

初めて公の場で歌ったとき、聴衆は驚きましたとも。ヘンデルのDixit Dominus(『主は言われた』) のアルト・ソロでしたが。そして、モーツアルトのハ短調ミサ曲のメゾ・パートを歌った時は、もっと驚いたと思います。かなり高い音域なのでね。これでお分かりのように、僕の声はメゾ・ソプラノなんです。それが僕の声域で音色というわけです。

ON : ナンシーであなたが歌うのを聴いて、隣の席にいた人に、そのうちシュトラウスの『薔薇の騎士』のオクタヴィアンを歌うようになるんじゃないか、なんて冗談を飛ばしてしまいました

FF : いえ、それは絶対にありません!真っ平御免ですよ!あの役をやる人は他に沢山いますから、僕が進出する理由はない。けれど、メゾ・ソプラノのために書かれたヘンゼル役(訳注:フンパーディンクの『ヘンゼルとグレーテル』)を、ブエノスアイレスのテアトロ・コロンで歌いました。

ON : 皆はあなたをチェチーリア・バルトリになぞらえますが、「女性的」な音色を出そうと努力しているのでしょうか?

FF : これは音色が男性的か女性的かということでなく、テクニックの問題だと思います。もし僕の声がチェチーリア・バルトリに似ているとしたら、それは僕が使うテクニックのせいです。

バルトリさんとは何度か共演しました。最初は2005年の『ジュリオ・チェーザレ』で、指揮はマルク・ミンコフスキでした。チェーザレは好きな役の一つです。音域は低いけれど、それは僕にとって問題ではありません。高音を出すだけで幸せ、というわけではないのです。僕は、高音であろうが低音であろうが、メゾの声域で歌うことが好きなんです。ジェニファー・ラムアもチェーザレを録音してますよね。そして僕はバロック・ピッチが好きです。もちろん、音程が低くなりますが。

アルト・パートを続けていきたいと思っています。それがテクニック的にも有益で、声を適切な音域に留めてくれるので。僕の胸声は強靭ですが、それはイタリア式のテクニックを学んだからです。

ON : あなたの声域は、とても広いですよね。

FF : そうですね、低いA(A3)からアルトのD(D6)まであります。『アルタセルセ』ではその最高音を出し、低い方はG(G3)まで行きました。ヴィンチがアルバーチェ役に与えた音域は、かなり狭いんですが、装飾音を付けることで、僕は上下に音域を伸ばしたんです。だって、出演料を頂かなくちゃなりませんからね!

ON: 今後歌う予定の役は?

FF : 今のところはアルタセルセを沢山歌う予定です。というのも、僕はファリネリのためにハッセが書いたアルタセルセも歌っているんです。なので、バロック作品が多くなると思いますが、モーツアルトもやりますよ。2014年にはナンシーで『皇帝ティートの慈悲』のセストを歌う予定で、これがロール・デビューになります。この役については、まだオペラ全曲を通して歌ったことはありません。

ON : 他のカウンターテナーのように、リサイタルのレパートリーを広げてみたいと思いますか? 例えばフランス歌曲を歌うフィリップ・ジャルスキーとか、リート集を録音したデイヴィッド・ダニエルズのように

FF : 常々言っていることなのですが、自分の声に合ったものなら、なんでも歌ってみたいと考えています。音楽は音楽ですからね。もちろん、『ウェルテル』のシャルロットとか、カルメンとか、チェネレントラといった役は、絶対にやりませんけれど。でも歌曲は沢山ありますよね。それを歌わない手はありません。歌曲は特定の声種のために書かれたものではないですからね。けれど、レパートリーの点では、バロックから、ベッリーニ、ロッシーニ、ドニゼッティあたりの、僕が大好きなベルカントの間になります。

ON : オペラとリサイタル、どちらがお好きですか?

FF : どちらをやるのも好きです。コンサートでは、聴衆と出会い、彼らのために音楽をやる。つまり、コンタクトはより直接的です。怖気づかせるような感じがするかもしれないけれど、聴衆は歌を聴きに来ているのであって殺しに来てるわけじゃない。他にすることが沢山ある中で、コンサートを選んでくれたんです。僕は、このコンタクトが好きです。

ON : 近い将来、指揮をする予定は?

FF : そうですね、合唱団を指揮した経験があるのですから、またやったっていいですよね。歌うのをやめてからの話になりますが。大事なのは、パートが何であろうと、僕は皆と一緒に音楽をやるのが好きだということです。『アルタセルセ』では、僕は5人のカウンターテナーの一人でしたが、本当に和気あいあいと仕事ができました。ナンシーで上演したフルステージ版の公演をまたやるために、同じメンバーで集合するという話もあるんですよ。おそらく、ヴェルサイユとアムステルダムで。