"E.S.P."から"Nefertiti"にいたる"The Second Great Quintet(第二期黄金クインテット)"による4作のあと、つづいて1968年に発表されたアルバム。
収録曲は"Stuff"、"Paraphernalia"、"Black Comedy"、"Country Son"の4曲。
一般的に、最初の2曲において、ハービー・ハンコックのエレクトリック・ピアノとロン・カーターのエレクトリック・ベース、ジョージ・ベンソンのエレクトリック・ギターが導入されたことで、「エレクトリック・マイルスの序章」という扱いをされているアルバムなのだが、序章ならば素晴らしいのか、という話にもなる。
こういう電化=「マイルスの先駆性」というのは、どっちかというとブラック・ミュージック総体にあんまり関心がなくて、ジャズを高級なBGMあるいは芸術として聴いていた人にとってのことであって…このレコードの魅力を生み出しているのは、R&Bを導入しながらも、それまでの最高度に洗練されたモード・ジャズを引きずっているという「後進性」なのだった。
モダンジャズというのは、曲をコードやモード構造に分解して再解釈、新たなハーモニーやメロディに変換しつづける音楽なのだけど、第2期黄金クインテットのやっていたことを要約すれば、「あくまで曲を演奏しつつ、曲の再解釈」による束縛を逃れる」ということだと思う。
よくマイルスのモードについて「モードに移行したからコード進行から自由になった」、などと書かれる。和声的な音楽のコード進行=緊張~緩和という線的なドラマが、モードにおいては自由な色彩の配置になった、という訳だけれど、
十年一日のスタイルで「So What」の2つのモードを演奏しつづけるならば、事態は何も変わらないだろう。このクインテットは、演奏におけるポリリズミックな崩しだけでなく、作曲においても、クリシェを逸脱するようなしかけをいろいろやっていた。たとえばE.S,P.収録ショーター作の美しいワルツ"Iris"は、ソロパートでは、コード進行のサイクルが早くなったり遅くなったりする(Blue In Greenみたいな)。構造的な複雑さによって、簡単に触知できるような構造を逃れる、大きな流れの感覚を生み出す。
それはこのアルバムでは後半2曲に色濃くでている。
このアルバムがそれ以前の黄金時代と異質なのはStuffとCountry Sonの二曲がマイルス作で、アルバムの半数がマイルス作品となっていること。意欲バリバリである。トランペットの演奏もなんだか元気に満ちあふれている感じ。
前半2曲では、ビートを強化して、R&B~ファンクに移行していくマイルスのその後の方向性を打ち出している…のだけど、アルバムを通して聴くと、そう単純ではないのだった。
Stuffはアルバムの中でも最もR&B的であるにもかかわらず、リズム隊の演奏は黄金クインテットのフリーフォーム的なモード性を保持していて、これが奇妙な味わいなのだった。R&Bでは反復が快楽を生み出すのだが、ロン・カーターのベースラインはその手の音楽のベースとしては自由すぎた。聴いてても、かっこいいが、腰は動かない(笑)
ロンはハービー・ハンコック1964年のファンキーなCantaloupe Island("Empyrean Isles"収録)ではリフに徹している。もちろんR&Bの弾き方がわからない訳はない。だから、「ロン・カーターのベースが保守的だった」のではなく、ここでのヘンテコさはマイルスが自由に弾かせたということに起因すると思う。なんだか演奏にぶっつけ本番な感じがする。また、マイルス自身も黄金クインテット時代の音楽性とR&Bのあいだでケミストリーが生まれるか実験結果待ちだったのだろう。
たぶんこの段階では、R&Bそのものにはしたくない気持ちもあったのだろう。
Paraphernaliaはジョージ・ベンソンのリズムギターを導入して、ファンキーさを強調したスイングリズムの曲で、コーラスの終わりの3拍子が粋。
後半が興味深い。まず音楽的には黄金時代を踏襲しているのだが、この2曲はブロック構造を採用しているところが共通していて、特異な印象。
トニー・ウィリアムス作の"Black Comedy"はカルテットがごく自然に演奏しているために気づきにくいが、小節ごとにめまぐるしく拍子記号が変わる、ちょっとミンガス的というか、変な曲。スピード感溢れる演奏は本作の白眉。フィリー・ジョー・ジョーンズがマイルスのリズム感は超人的だった、と語っているが、そんな感じがする。
最後のマイルス作"Country Son"は懐かしい4ビートジャズと静謐なバラードのパート、
8ビートの「ジャズ・ロック」(ロックっつってもいわゆるロックではなくて、R&B、ソウルだけど)パートを行ったり来たりする、非常にヘンテコな曲。
マイルスはこういうリズムの実験は後の「Honkey Tonk」なんかでたま~にやっているが、R&B~Funkの反復性とは異質な方向だと思う。「テイク・ファイヴ」とか、50年代に、こういう奇数拍子、複合リズム、ブロック構造の採用なんかでジャズのリズムを超克しよう、という方向があったのだが、ポピュラー音楽の先端はそっちよりもアフリカ的な反復性に向かった、と言える。
この曲の録音はStuffなどより後。だからマイルスが何を考えてどこに向かっているのかようわからなくなるのだった。
黄金カルテットのライヴにおける、パワフルな演奏から一瞬でハービーの静謐なピアノソロに展開するような場面、あれをレコードに最後の記念撮影として残した、のかもしれない。
ただし。
Country Sonの「ジャズ・ロック」パート(CDタイム10:10)、Dのベースの上でマイルスが吹くフレーズ、
これはIn A Silent Wayの"Shhh/Peaceful"のフレーズなのだった。
だから、よくわからないのだが、ここでマイルスの脳内には新しい音楽の風景があったのかもしれない。
収録曲は"Stuff"、"Paraphernalia"、"Black Comedy"、"Country Son"の4曲。
一般的に、最初の2曲において、ハービー・ハンコックのエレクトリック・ピアノとロン・カーターのエレクトリック・ベース、ジョージ・ベンソンのエレクトリック・ギターが導入されたことで、「エレクトリック・マイルスの序章」という扱いをされているアルバムなのだが、序章ならば素晴らしいのか、という話にもなる。
こういう電化=「マイルスの先駆性」というのは、どっちかというとブラック・ミュージック総体にあんまり関心がなくて、ジャズを高級なBGMあるいは芸術として聴いていた人にとってのことであって…このレコードの魅力を生み出しているのは、R&Bを導入しながらも、それまでの最高度に洗練されたモード・ジャズを引きずっているという「後進性」なのだった。
モダンジャズというのは、曲をコードやモード構造に分解して再解釈、新たなハーモニーやメロディに変換しつづける音楽なのだけど、第2期黄金クインテットのやっていたことを要約すれば、「あくまで曲を演奏しつつ、曲の再解釈」による束縛を逃れる」ということだと思う。
よくマイルスのモードについて「モードに移行したからコード進行から自由になった」、などと書かれる。和声的な音楽のコード進行=緊張~緩和という線的なドラマが、モードにおいては自由な色彩の配置になった、という訳だけれど、
十年一日のスタイルで「So What」の2つのモードを演奏しつづけるならば、事態は何も変わらないだろう。このクインテットは、演奏におけるポリリズミックな崩しだけでなく、作曲においても、クリシェを逸脱するようなしかけをいろいろやっていた。たとえばE.S,P.収録ショーター作の美しいワルツ"Iris"は、ソロパートでは、コード進行のサイクルが早くなったり遅くなったりする(Blue In Greenみたいな)。構造的な複雑さによって、簡単に触知できるような構造を逃れる、大きな流れの感覚を生み出す。
それはこのアルバムでは後半2曲に色濃くでている。
このアルバムがそれ以前の黄金時代と異質なのはStuffとCountry Sonの二曲がマイルス作で、アルバムの半数がマイルス作品となっていること。意欲バリバリである。トランペットの演奏もなんだか元気に満ちあふれている感じ。
前半2曲では、ビートを強化して、R&B~ファンクに移行していくマイルスのその後の方向性を打ち出している…のだけど、アルバムを通して聴くと、そう単純ではないのだった。
Stuffはアルバムの中でも最もR&B的であるにもかかわらず、リズム隊の演奏は黄金クインテットのフリーフォーム的なモード性を保持していて、これが奇妙な味わいなのだった。R&Bでは反復が快楽を生み出すのだが、ロン・カーターのベースラインはその手の音楽のベースとしては自由すぎた。聴いてても、かっこいいが、腰は動かない(笑)
ロンはハービー・ハンコック1964年のファンキーなCantaloupe Island("Empyrean Isles"収録)ではリフに徹している。もちろんR&Bの弾き方がわからない訳はない。だから、「ロン・カーターのベースが保守的だった」のではなく、ここでのヘンテコさはマイルスが自由に弾かせたということに起因すると思う。なんだか演奏にぶっつけ本番な感じがする。また、マイルス自身も黄金クインテット時代の音楽性とR&Bのあいだでケミストリーが生まれるか実験結果待ちだったのだろう。
たぶんこの段階では、R&Bそのものにはしたくない気持ちもあったのだろう。
Paraphernaliaはジョージ・ベンソンのリズムギターを導入して、ファンキーさを強調したスイングリズムの曲で、コーラスの終わりの3拍子が粋。
後半が興味深い。まず音楽的には黄金時代を踏襲しているのだが、この2曲はブロック構造を採用しているところが共通していて、特異な印象。
トニー・ウィリアムス作の"Black Comedy"はカルテットがごく自然に演奏しているために気づきにくいが、小節ごとにめまぐるしく拍子記号が変わる、ちょっとミンガス的というか、変な曲。スピード感溢れる演奏は本作の白眉。フィリー・ジョー・ジョーンズがマイルスのリズム感は超人的だった、と語っているが、そんな感じがする。
最後のマイルス作"Country Son"は懐かしい4ビートジャズと静謐なバラードのパート、
8ビートの「ジャズ・ロック」(ロックっつってもいわゆるロックではなくて、R&B、ソウルだけど)パートを行ったり来たりする、非常にヘンテコな曲。
マイルスはこういうリズムの実験は後の「Honkey Tonk」なんかでたま~にやっているが、R&B~Funkの反復性とは異質な方向だと思う。「テイク・ファイヴ」とか、50年代に、こういう奇数拍子、複合リズム、ブロック構造の採用なんかでジャズのリズムを超克しよう、という方向があったのだが、ポピュラー音楽の先端はそっちよりもアフリカ的な反復性に向かった、と言える。
この曲の録音はStuffなどより後。だからマイルスが何を考えてどこに向かっているのかようわからなくなるのだった。
黄金カルテットのライヴにおける、パワフルな演奏から一瞬でハービーの静謐なピアノソロに展開するような場面、あれをレコードに最後の記念撮影として残した、のかもしれない。
ただし。
Country Sonの「ジャズ・ロック」パート(CDタイム10:10)、Dのベースの上でマイルスが吹くフレーズ、
これはIn A Silent Wayの"Shhh/Peaceful"のフレーズなのだった。
だから、よくわからないのだが、ここでマイルスの脳内には新しい音楽の風景があったのかもしれない。
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