(元記事)
https://www.nytimes.com/2017/10/23/arts/design/charlotte-salomon-life-or-theater.html?hpw&rref=arts&action=click&pgtype=Homepage&module=well-region&region=bottom-well&WT.nav=bottom-well   By CATH POUND OCT. 23, 2017

 

(内容)

 

In a frenzy of creative activity, Charlotte Salomon painted almost 1,400 gouache works from 1940 to 1943, including this self-portrait. Credit Joods Historisch Museum

 

シャルロッテ・サロモンの尋常ならざる人生は彼女の作品に多大な影を投げかけている。よくアンネ・フランクに擬えられるこのユダヤ人画家は、1943年にアウシュビッツで人生を終える前から、ナチスの政権奪取と家族の自殺の過去によって形作られていた。彼女は、演劇、オペラ、映画、受賞歴のあるフランス小説にインスピレーションを得ており、近々アニメ映画にもなる予定

 

サロモンの作品はこれまで殆ど知られておらず、アムステルダムのユダヤ歴史博物館は、文章や音楽作品とともに800近いグワッシュ水彩画からなるレガシー作品「Life? or Theater?」を展示することで、それが変化することが期待されている。

 

準自叙伝シリーズである「Life? or Theater?」は、20世紀の作品の中で最も魅力的で言葉に言い表せない作品の一つである。ドイツ表現主義やドイツ映画などの目眩がするようなビジュアルを伴うフィクションと現実が入り混じっており、サロモンの暗いファミリーヒストリーやナチスドイツにおけるユダヤ人体験に対する独特な分析がなされている。


 

サロモンは、自分の過去やイマジネーションを掻き立てながら、フラッシュバックやスクリーン分割などの映画技術を使う一方、膨大な映像レパートリーを用いることで、シャガール、ムンク、モディリアーニを彷彿とさせるイメージを創り上げている。その後、それらの作品をナンバーリングし、昔のオペラの一種である「ジングシュピール」と彼女が呼ぶものに編集した。

 

絵画を演劇的なものに置き換えることで、「過去を想起させるような芸術家気質を発揮することができたのです」 とアムステルダム展覧会(3/25まで金曜開催)のキュレーターであるMirjam Knotterは言っている。但し、「ユニークな作品に違いありませんが、実際に演じられたりする訳ではありません」 とも言っている。

 

“Life? or Theater” incorporates numerous artistic, historical, musical and cinematic references. Credit Charlotte Salomon Foundation, Amsterdam

 

1917年にベルリンで生まれたサロモンは、アッパーミドル階級のユダヤ人家庭で育ち、ヒトラーが権力を握った時、小児期崩壊性障害として知られる病気だった。彼女の伝記作家 Mary L.Felstinerによれば、無口な子供だったが、彼女は将来の為に全てを記録する明瞭な視覚記憶を有しており、波が激しく短気な内面だったようだ。


後にこの時期のことを描いたイメージでは皮肉っぽくて辛辣なユーモアが垣間見える。1933年のヒトラー首相任命については、くすんだ印象派的線を用いて、顔のないブラウンシャツ(ナチス親衛隊)の行列が描かれている。その権力を弱めようとするいたずら心から、旗のカギ十字は逆になっている。

 

In addition to Salomon’s personal experiences, historical events like the Nazis’ rise to power are reflected in “Life? or Theater?” Credit Charlotte Salomon Foundation, Amsterdam

 

クリスタル・ナハトの恐怖(水晶の夜:ドイツ中のユダヤ人民家・学校・会社が襲撃された1938年の夜)によって、サロモン一家も安全ではないことが明らかとなると、当時22才だったサロモンフランス南部にある母方の祖父母の家に行き、住むことになった。

 

祖母が自殺したのはまさにこの場所だった。この事件により、この家族では何人も女性が自殺してきたという驚くべき事実が明らかとなったのである。その中でサロモンが最も衝撃的だったのは、インフルエンザで死亡したと教えられてきた母親が実は自殺だったことである。

 

次はお前の番だと祖父からからかわれ、自殺に向かう家族的傾向を払い除ける為に、サロモンは創作活動を開始した。これは、継母のボイストレーナーで、ベルリンで知り合ったアルフレッド・ウォルフソンのアイデアに感化されたものである。WWⅠで急性外傷を患った彼は、彼女に持続的影響を及ぼす創造性が治癒力を有するという理論を構築していた。

 

ウォルフソンサロモンが恋愛関係にあったのかは定かでない。「彼女の絵を見れば、そのように憶測できます」と、Knotterは言っている。本当であろうと想像であろうと、彼らの不倫関係が「Life? or Theater?」シリーズの中心を成している。しかし、WWⅠ後に彼女の継母は、二人の恋愛関係を空想に過ぎないと否定している。

 

 

自分の人生や彼女を巡るカオスの意義を理解しようと内面奥深くに入り込む決意をしたサロモンは、内に閉じこもり、狂ったように創作に没頭し、1940年から1943年まで1400近いグワッシュ水彩画を描いた。絵に付随した音楽作品については「彼女が絵を描きながら頭の中で聴いていた音楽です」とKnotterは説明した。サロモンは記憶を呼び起こす為に作業しながらハミングしており、どんな曲に感化されたか絵の裏に書き記してある。


絵画、文章、音楽が演劇の形に編集され、さらにコーラスを加えている。そのコーラスの中には彼女や彼女の家族も、ユーモラスなペンネームで参加している。

 

「彼女は画家であると同時に演劇監督でもあり、合唱団の役割も果たしてもう一人の自分を演じるほど、イベント全てを取り仕切っています」とKnotterは言っている。

 

サロモン作品の研究論文の著者である Griselda Pollock が、この芸術家の過去を劇的に扱うのには目的があった。それは祖父による性的虐待の歴史を明らかにすること(サロモンは犠牲者の1人かもしれない)であり、それがサロモン家に多くの自殺をもたらしたとPollockは信じている。

 

この展示物には、最近発見された「Life? or Theater?」の追加作品が含まれている。それはサロモンの家族が数十年の間秘密にしていた絵手紙である。そこには彼女が祖父を殺害したことを告白したと思しき内容が書かれており、Pollockの推論の根拠になるのかもしれない。しかし、サロモンの作品が事実と虚構が入り混じっていることを考えれば、実際に殺害したと考えるのは早計だろう。

 

ひとつ明らかなことは、サロモンの生き続けたいという願望である。「Life? or Theater?」の最後の絵は緑色の水着を着て海に向かい、手に絵筆を持っている絵である。それは恰も未来に立ち向かうように、現実か想像のいずれであれ、彼女の過去を描いているようである。

 

“Life? Or Theater?” ends on a hopeful note, with Salomon turned toward the sea, painting, as if facing the future. Credit Charlotte Salomon Foundation, Amsterdam

 

しかし、彼女は長く生き伸びることはできないと感じていたと思われる。WWⅡの戦火拡大と共に不安感が増大し、1943年の夏、サロモンは仕事に区切りをつけ、作品を安全に保管してもらうようある医師に託した。そうした作品は、まさに彼女が言ったように「人生そのもの」だったのである。

 

当時26才サロモンアウシュビッツの送られたのはそれから間もなくのことだった。そして到着後すぐに殺害された。

 

それから彼女が世間に認められるまでの道のりは長いものだった。しかし、Pollockの言葉で言うところの「創作活動なんて考えられない状況下で見事に作品を創り上げた、並外れた才能を持つ芸術家」に今回のアムステルダムの展覧会が光を当てることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

(Wikipedia)
 

 

(日本語記事)
 

 

(Amsterdam exhibition)
 

 

(Bibo Bergeron set to direct"Charlotte")