学校がぁ〜

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「お店づくりに向けて」の紙芝居動画シリーズも前回で最終回となりました。

これから又新しいシリーズでも始めようかなんて思案中ですが実は全くの未定です。

 

 

 

今回は ...... 

たまたま懐かしい写真を発見したのでこんなお話を。

な〜んてことない他愛のないお話ですのでさら〜っと読んで下さい。

 

 

 

みなさん学校へは通ってましたよね。

途中で辞めたにしても、上の学校をあきらめたにしても、
今の日本で一度も学校に通った事のない人は、ほぼいないと思います。

 

私は幼稚園、小学校、中学校、高等学校と通っていました。

大学、専門学校は行っていません。

合計四つの校舎で学生時代を過ごした事になります。

 

 

 

 

 

さて今回のお話はここからです。

 

誰しもいい思い出やそうでない思い出、
いろんな思い出がたくさん詰まった学生時代。

その舞台であり、生活の中でかなりの時間を過ごした場所・・・学校。

案外卒業してしまうと行かないものです、私は特にですが。

 

かといってやっぱり懐かしいもので、
そして永遠にその場所があるものとして勝手に思い込んでもいます。

 

がしかし私の場合この四つの学校のうち二つをなくしました。

小学校と高等学校です。

 

私の中で一番思い出深い小学校は、放火で全焼し現在は移転しています。

 

高等学校は工業高校でした、京都市内にはラグビーで有名な「伏見工業高等学校」と
もう一つ「洛陽工業高等学校」の二つがあり、私は「洛陽工業高等学校」の電気科卒業です。
二年前にこの二校が統合移転し「京都工学院高等学校」となり、跡地は他の高校になるそうですが校舎が残るかどうかは知りません。

 

自分の通っていた学校が二つもなくなるのは案外珍しい事ですし、
もちろん寂しいものです。


校舎そのものがなくなり、学校の名前がなくなり、

そこを訪れても目の前には違う景色。


思い出は心に残るといいますが、齢56年も重ねると自分の記憶もどんどん薄れ、
ぼんやりとしか思い出せない気持ちはなんとも表現しにくいものです。

今回はそんなちょっとセンチメンタルなお話でした。

 

 



   『和歌山のとある温泉町にある「椿小学校」私が通っていた小学校です』

 

 

 

木造二階建、よくある田舎の校舎です。

 

二階に見える窓は左から、二年生、三年生、四年生、五年生、六年生の教室。

 

一階中央入口の右側が一年生、その隣は職員室、反対の左側に講堂。

 

写真には写ってませんが、校舎右側に鉄筋コンクリート二階建で

理科室、音楽室、図書室、保健室がありました。

 

全校生徒は100人程度、クラスは各学年一クラス。

 

私の学年は男の子6人、女の子6人で12人。

 

学年で一番少ない人数でした。

 

校舎二階の窓からは正面に校庭、その向こうに川が流れ左を見れば山、

右を見れば海が見えるというなんとものんびりした風景に囲まれてました。

 

夏は給食が終わるとまず掃除。

 

そのあと生徒全員で海へ。

 

毎日ですよ。

 

今考えるとなかなか面白い学校ですね。

 

そんな小学校でぼ〜っと過ごしてました。(笑)