17~8年程前、美穂さんは友人の梨津子さんと二人で長屋タイプの二階建て住宅に住んでいた。

ある夜。
夕方から降り出した秋の雨は、妙な肌寒さを伴ってしとしとと一晩中降り続いていた。
なかなか寝付かれずに美穂さんが寝返りばかり打っていると、不意に隣に寝ていた梨津子さんがむくりと身を起こした。
寝惚けたのか?
そう思って梨津子さんの方を見ると、どうやらそうではないらしい。
窓の方を見てずっと気配を窺っているようだ。

「何?」
「シッ」

指を立てて美穂さんを制し、窓から目を離す事なくじっと耳をそば立てている。
薄闇の中、聞こえるのはパラパラと窓に当たる雨の音だけ。
梨津子さんが音を立てぬよう静かにベッドから出て立ち上がり、窓の方へ向かう。
妙に張り詰めた沈黙の後。

………ポ…ォ…ン 

微かに遠く何かが聞こえた気がした。
梨津子さんは窓から外を見ている。
目線は下。
玄関の方だ。

「……っ!」

彼女の息を飲む音に美穂さんが起き上がり、何事かとそばに行こうとすると「来るな」とばかりに片手を左右に激しく振った。
振り返った彼女の顔は蒼白だった。

翌日、何があったのか聞いても梨津子さんは何も話さず、その後間もなく、梨津子さんの提案で美穂さん達は引っ越した。
そうしてあの場所を離れて漸く、彼女はその重い口を開いたのだ。

あの時、彼女はずぅっとチャイムが鳴る音を聞いていた。
その音が遠くこもったように響いて、最初は現実の音なのか夢なのかわからなかった。
しかし段々大きくなるその音がどうやら夢ではないと気付き、気になって窓へ向かい、そこから玄関を覗き見た。

そこには何度も繰り返しチャイムを押す男がいた。
ソレは全身をびっしりと白い産毛のようなもので覆われ、異様に大きい頭と長い胴体、ひょろ長い手足をしたバランスのおかしいヒトの形をしたモノ。
雨に濡れている筈のその体は水を弾き、まるで見えない薄い膜でもあるかのようで、妙に白く浮き上がって見えた。

これは何だ。

目を凝らしていると、不意にぴたりとソレの動きが止まった。
その頭がゆっくりと上を向く。
途端にその異様に大きい顔がぐうぅっと伸び上がるように近付いて来た。

ガラガラ

その時、右隣の家の二階の窓が音を立てて開いた。
するとソレは美穂さん家の玄関を離れ、背を丸めて大きく手足を動かしながら隣へと移動した。

「あれはヒトの動きではなかった」

梨津子さんはそう言う。

「もし、あの時玄関を開けていたら…。そう思うと、ちょっとね」

そう言いながら、思わず美穂さんはブルッと身震いした。





(原典:超-1/2008訪問者 」)