今回は何も手を加えていません。
北海道の友人からもう一回、アイヌについての事をブログに載せて呉れと頼まれ、彼が全文書きました。
私はただ転載しただけです。
画像の転載だけできなかったので、ネット上などから取り寄せたのを使いました。
勝手にお借りした方々には事後承諾ですが、使わせてもらい申し訳ございません。

実際にアイヌ人と子供の頃一緒に暮らしていたり身近に接していた人の言葉というのは経験に裏打ちされた重みがあります。

私の余計な言葉など全く不要でしょう。

それでは以下、友人から投稿依頼された友人のアイヌについての話です。

どうぞ。
 

永遠のニシパ 松浦武四郎 蝦夷地探険を観ての感想!(創作のドラマです) 

67日・金曜日 北海道先行放映  715日・月曜(祝日) 全国放映

(長い文章ですが、最後まで読んでください!)

テレビドラマですので、フィクションであり、完全な創作です。

(一例として、蝦夷地の地図は松浦武四郎が作成と紹介していますが、此れは、誰でも知っています。「伊能忠敬」が作成したものです!)

 

この度のアイヌ新法での、アイヌ協会の傍若無人ぶりに、彼はほとほと困り切っています!

アイヌ新法の為に国連に押し掛けての政治手法は、外圧を利用したものであり、和人との軋轢を生むだけで、何も生まれないとの意見であり、どこかの民族と同じ政治手法であり、外国に対して日本は少数民族のアイヌに対して圧政・悪政を強いた歴史があったと理解され、混乱と敵対関係だけが双方に残る可能性が大いに有るとの危惧です!

そして、今は、一部の人かもしれませんが、アイヌは北海道の先住民族ではなく、「日本の先住民族」だと叫んでいては、早晩全国的に混乱・騒乱が待ち受けています!

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54318?page=4 

送られてきた写真と記事は約15年位前のもので、開拓使(明治5年)は、文明開化にあたり、アイヌも学問が必要と考え、青少年を東京に送り勉強させたのだが、記事では、詳しく書かれていませんが、多くが「結核」に罹り、病死したという悲劇が発生した。

写真 強制就学の記事

(この記事では、38名全員が死亡と読み取れます!)

この記事は、今から約15年位前ですが、それより前の今から35年くらい前に、同様な記事が某新聞に載っていたと彼は言っています。

彼の記憶では、その記事には、最初に送り込んだ人数は、10数名で、そして、1年ほどで半数近くが肺結核のために亡くなり、学問を教えるのは中止し、その後開拓使は慰霊碑を建立したので、彼は今年になり建立場所の確認のために都内数区に問い合わせをしたのだが、担当者も初めて聞いた話との返答でしたが丁寧に調査をしてもらった結果、詳細不明との返信でした。

記事の題名を見て下さい!「強制就学」と書かれています。

勉強をするのが嫌な「アイヌの子弟」を、開拓使は無理やり拉致誘拐の様に東京に送り込み、強制的に日本語を憶えさせ、嫌がるアイヌの子弟に学問を強いたとの印象が見えます。

また、千島樺太交換条約(明治8年「1875年」)により樺太アイヌ約三千人も、当時の北海道開拓使の陰謀により、札幌へ強制連行とのでっちあげが既に一部に出ており、開拓使は、アイヌ民族に良かれと政策を建てても、反対に圧政悪政の歴史だったと言われ、日本人は、困惑そのものであります。

札幌に移住した樺太アイヌも知らない土地で病気となった。それは、同じく結核です。異民族同士が初めて出会うと、お互いに病気を移し合うのは常識です。

其れを、日本人の陰謀のせいにされては困りものです。

それと、約40年くらい前ですが、関西地方に住む永住許可を持つ若い外国人カップルが、平取町二風谷でアイヌ式の結婚式を挙げた記事があり、彼は其れを強烈に憶えており、記事には、アイヌも永住許可を持つ外国人も、共に同じように日本人による過酷な「民族差別」を受けて呻吟しているとの内容であった。

またアイヌは狩猟民族なので、土地所有の概念は無く、コタンと言われる集落に住み狩猟採集の生活で農業はほとんどしない。

当然、蝦夷地にアイヌ民族による国家としての統治機構の「政権」は打ち建てられていないし、ただ、其処に住んで居ただけです。

最近、アイヌ料理のレシピ本が出されましたが、お米を利用しての料理には、彼はビックリ仰天の心境です!(アイヌ民族は農業を殆んどしていないし、また鉄器文化も無い)

地元の新聞を見ると、「アイヌ様」「アイヌ人様」「アイヌ民族様」の雰囲気たっぷりの言葉使いで、彼曰く、地元紙は和人を貶めるために一生懸命頑張っています。

これらの事は、反日勢力に利用されるだけで、決してアイヌ民族には良い事ではない!

彼によると、高齢者からの聞き取りでは、開拓時代はどれだけアイヌの世話になり、助けられたかを知っています。

例えば、馬産地の日高地方に入った「淡路島の殿様と家来」の人達は、今でも感謝・感謝と言っており、高齢婦人が言うのには、祖母は10歳の時に侍だった父と母と淡路島の人達と共に一緒に開拓に入り、どれだけアイヌに助けられたかと感謝していると語っているし、其の高齢婦人が子供時代に、祖母が打った蕎麦を時々アイヌコタンに住む人たちに持参したと、良き思い出として話しています。

また、樺太出身の高齢者からは、大東亜戦争が激化すると漁場の若い衆が次ぎ次と徴兵されて困っていたら、アイヌの子供が病気の時に医師を世話したので、恩返しに大勢の樺太アイヌが助けに来てくれたと、本当に有りがたかったと語っている。

当時樺太では、アイヌ民族は小学校に強制的に入学はさせませんでした。入りたい子供は、どうぞお入りで、勉強が嫌な子供は学校には来なくていいのです。

彼もまた、其の昔、オホーツクの温泉ホテルに宿泊した時に女中さんがアイヌの漁師さんから招待を受けた時の話を聞かされたそうです。その女中さん達は、絶対にアイヌの「ア」の字も口にするなと約束して休日に数人で件の漁師さんを訪ねて行き、楽しい壱日を過ごしたのです。

此れは、道産子がアイヌに対して如何に気を使っているかの一例です!

これ等の事実から、高齢者たちは多分日本人とアイヌ民族との関係が是ほどまでにこじれている事を知ったら悲しむ事でしょう!

近年、アイヌ協会が政治的に先鋭化したのかは下記の人物による影響かもしれません。

勿論、政治的発言は民族的に当然の権利です!

萱野茂氏のWikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%B1%E9%87%8E%E8%8C%82 

尚、アイヌ民族に関しては、札幌在住の科学者で評論家・安濃豊農学博士のブログを参照の事! 彼らの民族性を的確に捉えております。

2019060722:20 アップ!

題名 「知恵遅れだが、大恩ある民族を保護して何が悪いのだ」

http://blog.livedoor.jp/giranbarekanjya/?p=4 (67日のブログに掲載)

ブロ友の彼に言わせれば、アニメ・ゴールデンカムイに出てくるアイヌは完全に場違いな設定で、むしろ、安濃博士の言うような、人物が多かったと話しています。

写真 アニメ・ゴールデンカムイ

また、アイヌ民族は本当に北海道の先住民族なのか?

下記の資料は、函館市の隣の北斗市のホームページからの引用資料です!

北斗市のホームページよりの資料

どうみても、アイヌが北海道に住み始めたのは「鎌倉時代後半」とは変な話で、それ以前は、何処に住んでいたのでしょうか?其れは、東北地方と言われています。ところが残念ながら古代大和朝廷に圧迫されて、止む無く蝦夷地へ脱出か?

また、先に住んで居たから、先住民なら、その前から住んで居た人たちはどうなのか?

違う説では、ギリヤーク・オロッコ・コロポックルの3民族こそ北海道の先住民と言われています。(また縄文人もたくさん住んで居ました。例えば、小樽手宮古代文字・蘭島環状列石・旧南茅部町著保内野遺跡で出土した中空土偶

我等こそ、先住民と叫ぶ人に3民族が歴史的に蝦夷地から消えた理由を聞くと彼らは戸惑います!答えに窮する!(アイヌ民族による民族浄化が行われたと云う説もあります。コロポックルのWikipediaを参照の事)

また、江戸幕府は元禄4年(1691年)に蝦夷地の漁業資源を乱獲から守るために和人が勝手に蝦夷地に住む事を禁止する布告(女人禁制の地)を出した事を考えると、此れによって和人による政治的に蝦夷地の統治は完了したと考えるべきです。遠山の金さんの父上は幕府目付として、西蝦夷巡察の記録を幕府に提出しています。余市場所運上屋に記録有り。

蝦夷地でニシン漁が盛んだったのは江戸時代を通して、ニシンを「ニシン粕」として肥料に加工し、北前船にて全国に運び、それを全国の田畑に撒くために絶対に必要だったのです。

下記、国立公文書館より! 

http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hatamotogokenin/contents/30.html

余市町には13世紀この様な埋蔵品が有りました。平将門軍の落ち武者達の生活の跡か?

https://www.town.yoichi.hokkaido.jp/machi/yoichistory/2013/sono105.html 

女人禁制の地・神威岬(女人とは主婦も女性であり、家族が集う集落が出来る事を幕府が警戒したのは各種漁業資源の乱獲が始まるからです)

積丹町 Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%8D%E4%B8%B9%E7%94%BA 

積丹町神威岬の女人禁制の門 (此処より女人蝦夷地に入る事許さず)

コロポックル Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AB 

ギリヤーク Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%83%95 

オロッコ Wikipedia 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BF 

幻の街 キラク Wikipedia(和人が根室の野付半島に定住していた証拠か)

http://betsukai-kanko.jp/taikenkanko/bunka/kiraku-2/ 

また函館市には、自称ギリヤーク人の子孫と称する全国的に有名な前衛舞踏家のギリヤーク尼ヶ崎氏が在住しております。

ギリヤーク尼ヶ崎氏 Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%B0%BC%E3%83%B6%E5%B4%8E

※今から50年くらい前純粋アイヌは約三千人と言われていたが、あれから混血が進み今では純粋のアイヌ民族は極少数で、殆んど居ないとも言われています。

江戸時代が終わり、明治となり、道内各地の市町村名はアイヌ語の地名をもとにして名付けられたのは周知の事実であり、此れは、取りも直さずアイヌの存在を日本政府・開拓使は無視していない証拠です。(一部例外が有ります。北広島市・伊達市・仁木町・沼田町・新十津川町など)

例えば、アメリカでは先住民のインディアンの地名は消し去られて、白人の付けた名称で溢れています!ニューヨークとか、ニュー何とかを見れば一目瞭然!

尚、残念ながら現在道内に住む和人もアイヌ問題には殆んど関心が薄いので、その歴史的経緯や文化的知識が無いのが実状で、まして、アイヌ協会が国連に押し掛けて日本国内の世論や政治的混乱を世界に拡散して居ることも全く知らない!

世界の人々は、日本人はアイヌ民族に対して、暴虐の限りをしたと認識しています。なぜなら、アメリカインディアンやアフリカ黒人・アジア人が辿った道だから。

涙の道・チェロキー族の運命 Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%99%E3%81%AE%E9%81%93 

昨年、ロシアのプーチン大統領は、アイヌ民族はロシアの先住民と認定しましたが、此れは、アイヌ民族を利用して北海道南進侵攻作戦(日本には固有の北方領土論があるように、ロシアにも北海道は元々ロシアの固有領土論があります)の先駆けとして考えているのではないのか?考え過ぎかとも思いますが、あながちそうでもないでしょう!したたかなロシア政府を甘く見る事は、日本側の政治的敗北となります!(秋田県男鹿半島には江戸時代初期に約千人位のロシア人が住んで居たので、秋田県もロシアの領土と言い出すかも?)

また、嘗て、北海道庁爆破事件(昭和5132日午前92分頃)があり、犯人(死刑判決)の主張の一部にアイヌ民族の解放を謳っており、アイヌ協会はどの様な反応をしたのか彼は知りません!(アイヌ民族にとっては、迷惑な話だったのか?)

それと、どうしても和人に圧制を強いられたと、言い募るならば、ご先祖様の様に、いっそのこと武器を持って立ち上がるべきと言っています!圧政・暴政の象徴の旧開拓使庁舎「赤レンガ庁舎」を焼き払うべきと!

巷間、松前藩がアイヌ民族圧政の元凶と言われますが、近江商人の存在を忘れていませんか?しかし、松前藩は既になく、生き残っている近江商人の例えば住友商事を始めとする、日本を代表する一流企業に対して、謝罪と賠償を要求するべきだろう。

それにしても何故に、特亜三国と沖縄県の一部の人達の様に過去に拘泥するのだ。

恨むなら、無能なご先祖様を恨め!だが、しかし、賢明なるあなた達のご先祖様は、日本人となる同化政策を受け入れて来たのではないか!

終戦後GHQはアイヌ民族の某長老を東京に呼び、所謂北方領土の島に「アイヌ共和国」を建国すべきと提言したが、其の長老は、アイヌ民族には既に国家建設と運営の民族的なエネルギーは無いと返答した!

 

前北海道知事の高橋はるみ氏が何年か前にアイヌ協会羅臼支部(知床にあり)には、アイヌの血を引く人では無い無関係の人が会員で居ると発言したら、一週間後に会員数が激減した事実があります。

ブロ友の彼が言うには、アイヌはいつも悪いシャモ(和人)に利用され騙され続けてきたのが、彼らの歴史と言っています。誰かが、そばにいて見守っていなければ、此れからも騙され利用され続けます!

だから、所謂、アイヌ利権も「アイヌ民族」には渡らず、其の殆どは支援者の懐に収まる!何故なら、アイヌ民族の少なからずは、民族性ゆえに金銭やその他の自己管理能力が不自由なため、支援者の高笑いが聴こえると!

                            以上

 

いかがでしたでしょうか。
私は全くアイヌに関しては門外漢なので知らないのですが、今回友人の原稿を読ませていただいて正直驚きました。

あれ、これって、デジャブと思ったんです。

実は私は長い事西日本に住んで居ました。

小学校1年生から中学卒業までと、大人になってからは33から38歳までそして48歳から現在49歳までと西日本で暮らしています。
西日本は被差別部落の問題が根深くあり、この二つが癒合して地方社会や教育経済に暗い影を落としています。
被差別部落問題はアイヌ問題同様に日本国内の問題でありながらもこれに外国人がすり替わってしまっていて完全に彼らの隠れ蓑に利用されています。
しかも厄介なのは中国残留日本人孤児同様に被差別部落の人間がゼロというわけじゃないんです。実際に日本人の被差別部落民も僅かにいます。だけどはっきりと被差別部落とわかる日本人は家柄が何代先からもわかるくらいの名家が多く、氏素性がはっきりしない他の被差別部落とは区別する必要があります。
純粋な日本人の被差別部落民は当たり前ですが日本人なので日本から外へ逃げだすことなど叶いません。だから極力表にしゃしゃり出るようなことはしないでおとなしく生活をし、そして地元からも離れたがらないので、地元行事にも積極的に協力してくれる割には表に出る事を嫌がり、目立つような事をしても目立たないように目立たないように配慮しています。

一方で被差別部落民を自称する輩は悪目立ちするような暴力行為や、強訴を繰り返し、地元住民との融和をしません。

同じ被差別部落なのに全然違うんです。行動が。

アイヌと被差別部落、背乗りしやすいものを利用した外来生物による騒擾はこれからも続くでしょう。

本当のアイヌや被差別部落が絶滅する前に背乗りをしている彼ら外来生物をどうにかして引き剥がさないと、純血のマイノリティはいなくなり保護の必要など全くいらない侵略生物の外来種に保護を与えて彼らの侵略を許し助長することになってしまいます。