片輪者一代 的場

テーマ:

的場は私の住んでいたマンションから遠くないところにあった昔の巨人の星に出てくるような長屋に住んでいました。
父親は何か特殊な技能を持つ職人の仕事をしていたようで、ほとんど自宅に帰る事はなく、車に乗ってあちこちに移動していたようです。

最初、的場と私の中は悪くなく、会ったら挨拶を交わすなど多少見知った友人という関係でした。
どうしてそんな平穏な関係だったのに劣悪な関係になったのかが思い出せないのですが、私が思い出せないということは多分私の側に何らかの落ち度があって的場を怒らせるような事をしたのかもしれません。いずれにせよ、関係が破綻した後は修復することは一度もありませんでした。そして的場は私より一歳上で学年もひとつ上でした。奇しくもタレントの的場浩司さんと顔もよく似ているし完全に同姓同名でした。だから、彼がテレビで売れ出した頃は的場本人と思って物凄い嫌っていました。年齢まで一緒とは思いませんでした。ただ、タレントの的場さんは早生まれなので私より二学年上になります。

険悪な関係になってからは的場は自分ところの手下を使って私の家に襲撃をかけてきました。たまたま私が不在で兄がその時滞在しており、兄が的場の手下を中学生の窃盗団と思い、木刀で数人殴り倒して生け捕りにしようとしたらしいのですが、的場の部下たちは叩かれた仲間を救って逃げのびたそうです。ただし家のガラスを破られたりこっちも相当の被害を受けました。兄ははっきりと相手の顔を見ていますから、被害届を出して警察迄入れて捜査に入り、的場の指示で動いて襲撃したのは間違いないのですが、部下たちが的場を庇って勝手にやったと言い張ったので結局彼らの親からガラスの修理代や部屋のクリーニング代と慰謝料を取り落着しました。弁護士を挟んでやろうとしたのですが、その前の朝廷の段階で的場の部下の子供たちの親が事件の広がりを恐れて5人で100万を持参してきたので父も手打ちをしたようでした。

だけど私としては紺なので納得できるわけがありません。やられ損ではないですけど、部下たちを動かしていた的場が何も罰を受けていません。今迄は学校や児童公園など的場の家のものとはかかわりのないところで殴り合いのけんかをしたり、的場の家族には迷惑かけないようにしてましたが、うちの家族だけが迷惑蒙って後は金で決着というのが我慢できず、苦労している的場の家庭事情は知っていましたが、やっぱりやられたらやり返さないと示しがつきません。

的場の家に的場の弟妹と母親がいる時を狙ってロケット花火とドラゴン花火を投げ込みました。ドラゴン花火の先端にはくぎを結び付けて窓ガラスを破壊するように工作をし、割れたガラスで弟妹や母親が怪我しても構わないという恐ろしい暴挙にでました。

幸い怪我人は出ませんでしたが、ガラスは割れるし、家の中でドラゴン花火が火を噴き上げるしで、母親も弟妹達も怖さで悲鳴を上げて大パニックに陥りました。的場はガキ大将ですから色んな奴から恨みは買っていましたが、ここまで報復してくる相手となるとわたししか思い浮かばないのは当然でした。私は的場とその取巻きに一人でいるところを捕まえられて袋叩きにされました。するとその翌日にまた的場の家に花火が撃ち込まれねずみ花火が家の中を縦横無尽に駆け回り母親と弟妹は大パニック状態に。好きなだけ集団暴行すればいい。幾らでも殴らせてやるが、その代わりこっちもお前の弱点ばかり狙い撃ちにしてやる。根競べだなあ的場。暗に私は的場に態度でこう告げたのでした。

 

的場は長男でした。そして学校ではガキ大将でしたが、家庭ではいいお兄ちゃんだったのです。

弟妹がべったり懐いていたのはまだ友好関係にあった時の的場と弟妹の関係を見て知っていました。
的場は私の冷酷無惨な性質を知り、それからは私も喧嘩をすれば負けるので、お互い意識して合わないようにしていました。

それでも何度か遭遇戦のようなことがありましたが、運がいいのか悪いのか通りがかった大人や知人が止めに入り小競り合い程度で済みました。

 

的場の忠良なる部下の一人に私と同じような陰湿な奴がいて、私の家で飼っている犬が庭で飼っていたのですが、その犬の餌に毒を混ぜて犬を殺そうとしました。的場本人を学校で捕まえて詰問すると、俺はそんなことをやれと指図していない。仲間内にそんなのがいるのならお前のもとに出頭させるから好きにすればいいといったので、とりあえず報復行為を待っていたら、私の家に踏み込んで来て家を荒らしたうちの一人が父親と一緒に頭を剃髪して謝罪にやってきました。父は犬も無事だったんだし、何の関係もない父親までもがたかが子供の喧嘩にけじめ付けるために剃髪迄したんだから許してやれというので、仕方なく、謝罪を受け入れました。

 

それ以後は的場も的場の部下たちも意識して私を避けるようになりました。

因みに私は的場本人とは絶縁でしたが、的場の弟妹達とは絶縁しているわけではありません。そしてどうやら的場は学校であったことを親に話しするタイプの人間ではないようで、私と的場が険悪な関係であることを弟妹達は知りませんでした。だから時折遭遇したりするとお互いに険悪な関係じゃなかった時に何度か一緒に遊んであげたりしていたので、まさか花火を打ち込んだ張本人とも知るわけがなく、一緒に遊んでもらった楽しい思い出だけが彼らにはあるだけなので、遊んで遊んでと構ってもらおうと声をかけてくることはよくありました。
私の人間性がトコトン腐っていたので、私はまるで何事もなかったかのように普通に遊んでいました。そしてそこに的場が遭遇したりすると、お兄ちゃんも帰って来たみたいだからじゃあ僕は帰るね。続きはお兄ちゃんに遊んでもらいなといって去って行きました。
別に弟妹達に今更怪我させてやろうというような悪意はありません。ただの知り合いのお兄ちゃんというだけで遊んであげていただけですが、絶交断絶状態の相手の身内と楽しそうに遊び、別れ際にニヤアと笑いながら去っていく私の薄気味悪さは的場にとっても気味悪かったと思います。しかも私は本気で遊んであげているので彼らは非常に私に懐いているのです。人一倍弟妹を可愛がっていた的場にとっては人質を握られているような状態でした。自分に弟や妹が居なかったから年下の子で知り合いが出来るといつも溺愛して猫かわいがりしていました。


これは小学生の間だけの事じゃなく、中高になっても変わりませんでした。


元々子煩悩な素質はあったんでしょう。だけど、そこまで私の事を知らない的場からしたら恐ろしかったと思います。


的場との抗争は小学校3~4年の頃はひどかったのですが、5年になってからはほぼなくなりました。
それは的場の住んでいた家が取り壊されて的場の家族が引越しをしたというのも大きいですね。

今度はかなり私の家からは離れました。

次回の話は5年生に上がってからの話です。