片輪者一代 鶴丸事件

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鶴丸事件と私が勝手に名付けたこの事件は鶴丸という同学年の別クラスの担任教諭が自分の受け持ちの女子生徒が宿題を忘れたために体罰を行いました。ところが女子はスカートをはいているため、ケツたたきのお仕置きがスカートにまとわりついてうまくお尻を叩けないことがあります。それでは同じケツたたきにあっている男子生徒との間に罰の差が生じるためにキチンと叩けなかった場合はもう一度叩き直しで回数自体は男児よりも増えますが叩かれることがあったそうです。ところがこの余分に叩かれたことに納得がいかなかった女児は家に帰って父親にこの事を報告しました。解同ともつながりがあり、河川で採石や土砂を販売していたこの父親は自分の会社の従業員や解同にも声をかけて翌日学校の正門前に車で乗り付けて拡声器を使って娘が鶴丸に凌辱された。鶴丸は少女に虐待する性癖のある変態教師だと罵倒を繰り返し盛大なビラ配りと中傷演説をしていました。

鶴丸は確かに体罰教師ではありました。だけど、その体罰に公平性を期すために女児がスカートの場合余分に体罰をして無防備に引っ張たかられる男児生徒との差をキチンと解消するなど、公平性を重要視する教師であり、人望は高かったのです。悪いことをしている現場を見れば自分が担任外の教師でも容赦なく体罰をふるう一方、普段悪名が先行している生徒であっても特に悪事をしていなければ疑ってかかるような行為をしないというなにかにつけて割とキッチリした教師でした。だから私は担任である杉教諭も評価していましたが、他クラスの担任で体罰教師として恐れられていた鶴丸教諭も評価していました。

私が授業中に廊下に立たされているのを見て、声をかけてきたときも私がこういう理由で立たされていると言ったら、「そうか」の一言だけ発して余計なことは一切言わない教師でした。他の教師などは私が既に罰を受けているにもかかわらず、同じように声をかけてきて理由を説明したらくどくどお説教する教師が多い中、鶴丸だけはそういう蛇足な行為をしなかったのです。既にキチンと罰を受けている物になんでまた余計に自分の担任でもないのにお説教する必要があるでしょうか。鶴丸のクラスにも迷惑をかけていたならお説教食らってもいいですが鶴丸のクラスには何の迷惑もかけていません。つまり罰は終わった事なのです。だからそうかしか言わないで鶴丸は立ち去るのです。ところが他の教師はどういう考えで私にお説教していったのか理解できませんが、私にとっては関係ないあんたらからお叱り受けるいわれはないわけです。
でもお叱りをしていく教師が多く、教師への不信感を強めていくことにはつながりました。小4時代比較的おとなしくしてクラス内では暴れる事を控えていたのは小善に勝てない、杉教諭にも勝てないというこの二つの理由でやむなく自粛していただけでした。

杉教諭には体格差でも勝てる見込みがありませんでした。当時155cmくらいありましたが、それでも杉教諭の175㎝とは20㎝の開きがあり、本気でやり合えば相手が女であっても体格差で力負けするのは解っていました。母と冗談で相撲をとったりしていましたが、体格差で本当に勝てないんです。中学生になっても勝てず、高校になって体重が増えてようやく母と相撲をやっても勝てるようになりました。腕相撲に至っては浪人時代になって初めて母に勝てるようになりましたが、当時80歳だった祖父には右でも左でも勝てませんでした。

祖父は身長は165㎝位、体重も50㎏くらいしかありません。けど農業で自然に鍛えた腕力でまさか負けるとは思ってなかったのですが、瞬殺されてしまいました。

さて余談が過ぎました。元に戻しましょう。

解同から野盗に連絡がいき、共産党や社会党の市議たちが事件発生の当日だったか翌日だったかおっとり刀でハイヤーに乗って箕面小学校へ直ぐに乗り付けて鶴丸糾弾に政治的な圧力迄仕掛けてきました。

学校側は市議会議員迄迅速にこの事件に乗っかってきてしまったために、事件の迅速な処理が解決に繋がると、一方的に鶴丸に懲罰を与え鶴丸は謹慎処分になりました。実質は謹慎処分ではなく学校と市議の圧力による自主退職の強要でした。

 

ところがここで意外なところから鶴丸擁護の動きが発生するのです。

PTAが何と鶴丸擁護に動いたのです。子供から話を聞いている限りでは体罰教師ではあっても鶴丸は公平な人物であるというのはほぼすべての生徒が鶴丸に感じていたイメージでした。そして私は担任に当たったことはなかったけど、鶴丸との僅かな接点や鶴丸が担任している生徒たちの言動からも鶴丸が公平性に非常にこだわっている教師であることは知っていました。

そういう生徒たちつまり自分の子供たちの声を聴いていた親たちがまず鶴丸擁護に動き出したのです。そして親たちが独自に聞き取り調査を開始すると鶴丸の取った行動にどこにも問題点がありませんでした。男の子よりも余分に多く叩いたのもスカートにけつぴしゃ棒が絡まってうまく叩けなかったからもう一度余分に叩いただけで男の子から見れば非常に公平性ある行動だったわけです。

 

所で父親を動かして鶴丸に仕返ししようとした女児児童はどんな生徒だったかというと目立たない極普通の生徒で、忘れ物なども普段はしない真面目な生徒でした。本当にうっかりミスで宿題を忘れてしまったのです。だから家に帰ればちゃんとやった宿題のノートはありました。だけど宿題はやったから終わりではなくやったものを指定の期日に持って来て初めてやったということになります。うっかりミスでも平等に叩かれ、確信犯で宿題をやってこないで叩かれた男児生徒と同等に扱われた事も彼女にとっては不満だったのでしょう。宿題を忘れて叩かれた生徒はその時数人いたようです。宿題忘れの常習犯というか最初からまったくやってこないのも混じっていたようです。また逆にこの女児児童の様に宿題はやっていたのにノートを持ってくるのを忘れてしまった子もいたそうです。

確かに確信的な常習犯と同列の処分を受けた事にはうっかりミスした児童たちが納得するのは難しいでしょう。
鶴丸がその辺の当たりをちゃんと生徒に伝え、たとえ宿題をやっていても持ってこなければやってないのと一緒という風に決めごとを立てていたかどうかはわかりません。

杉教諭はこの点は細かいところまで私のような陰険な生徒がいたのでキチンと前もって説明していました。

だからああ言えばこう言うと責任転嫁や言い逃れが出来ないように枠を固定していたために私も言い逃れが出来ないから納得して罰を受けていました。だから私は宿題をやって来てもそれを持ってこなければやってないのと一緒というのは杉先生がそういう線引きを明確に引いてくれたので納得して、仮に宿題をやっていてもうっかり忘れて持ってこないで罰を受けた場合は納得して罰を受けていました。
この点をしっかりと枠をひょっとしたら決めていなくてこんな大騒動になったのだとしたらその点は鶴丸の落ち度と言えなくもありません。

市議会議員が呼び込んだのか、解同の連中が連れて来たのか箕面小学校には直ぐにワイドショーの記者たちが集まってきました。

私も取材を受けたのですが、他クラスの事だし、鶴丸の人相の悪さなども相まって、本当のところがわからないから、同じ学年ですけど違うクラスの話題なので僕は知りませんといって取材から逃げたことがありました。

学校側が沈静化しようと拙速に鶴丸処分に動いたことが鶴丸をまるで加害者の様に扱う風潮を助長し、体罰教師への厳しい処分へと関心が集まっていました。その一方で事情をよく知るPTAは真逆の動きをしたのです。鶴丸の人相は非常に悪く、川俣軍司を好演した大地康雄さんの様に変質者そのものみたいな人相をしていました。大地さんよりまだ人相が悪くこれが教師とは信じられない人相をしていました。つまり鶴丸の写真を見せれば誰もが加害者に見えてしまうというほど最悪の人相をしていました。PTA側の動きはテレビでは一切報道しないで鶴丸が体罰教師だったことを強調して話していました。つまり鶴丸を咎める術は常習的な体罰教師だったというその一点だけでそれ以外はある意味非の打ち所がない教師だったということになるわけです。今以上にテレビ絶対主義の時代、 川口浩探検隊ですら本当の事なんだと子供は騙されていたそんな時代だったのです。だから鶴丸が体罰教師でこの人相なら必ず女児も凌辱しているだろうという印象操作は簡単にできました。


昭和55年という年は何かと色んな事件が多く発生した年でテレビ局のワイドショーたちがワラワラ学校に集まって取材をしていたのは1週間か2週間くらいで沈黙しました。しかし市議会議員のお偉いさんたちはこれが点数稼ぎとばかりに野盗議員を中心に頻繁に議員がずかずかと車のまま校門をくぐっては職員室か校長室に足しげく通い詰めていました。

 

一方的に攻勢に出ている人間には隙というものが生じるものです。体罰を受けた女児の父親が産業廃棄物を適正に処理しないで不法投棄していたことが暴露されて摘発を受けました。これによって体罰を受けた女児の父親が経営する会社の悪質性が暴露されて参拝の不法投棄に、脱税やその他なんだっけ色んなまさに不祥事のオンパレードがとにかく噴出したのでした。こうなると与党の市議会議員などはさっさと鶴丸糾弾から手を引き、野盗議員の社会党と共産党だけがまだなお糾弾の手をゆるめませんでしたが、大騒ぎの中心人物の体罰を受けた女児の父親が追い詰められて動けなくなったために社会党と共産党の議員も数か月したら学校に来なくなり、結果的には鶴丸一人が謹慎処分を食らって泥をかぶっただけで落着しました。ところが、こんな大騒ぎをした挙句、一人の教師の教師生命を危うく断ちかけたわけです。そして自分の父親は告発者から犯罪者に転落。当然クラス中から孤立する形になったこの女児は転校して逃亡せざるを得なくなりました。当然の報いといえば当然です。ただあまりにも代償が大きすぎました。彼女がこの精神的な苦境に追い込まれ学校から逃亡せざるを得なくなった後、新天地で前の事件の事を蒸し返されなければ精神的な痛手も少なくて済んだでしょうが、どうなったことやら。
 

愚かな父親のせいで娘迄破滅する結果となったのです。

父親の会社は騒ぎの後で警察の調査が入り社長が逮捕されて存続できるほどの体力はなく、すぐに廃業しました。
暫くは手付かずの状態でしたが、そのうち会社内に止まっていたダンプや工作車輌なども銘柄や色が変わって別会社が同じような事業を行っていました。父親の会社の資産をそのまま別会社が継承したのか持ち込んでやり始めたのかはわかりませんが、会社の名前は全く違う名前に変わっていました。

 

次回は箕面に住んでいたことを思いだしつつかいた短編集みたいな形になると思います。
お楽しみに。