第4:供養して 美しい心 頂ける(「わわわ」作)
センチュリー(百年)を。ナチュラリー(自然の中に溶け込み)に。
自然の中へ問い・語り。大樹に耳を当てて聞き。
受けた答えを素直に守って生きる。![]()
そういう『美しいこころ』を、毎日頂きながら生きるとネ。![]()
アーラ不思議。『目も皮膚も動作も』。イキイキ・キビキビする。![]()
その様な元気な百歳人を:センチュリー・ナリアン。
略して:センテナリアンだ。![]()
単に元気だけを、『自分の欲ダケで』むさぼるのは、ダメよ。![]()
そういう人は、センテ・アン・ナリと。「わわわ」は命名した。![]()
「アンは自然に違反した意味:アン・ナチュラル」。「ナリは人」。
合わせて:≪百才生きただけ・自然に嫌われた違反者≫の意味だよ。
「ナリが前にある人は:心の美しい人」。![]()
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「アンが前にある人は:その反対の人」。![]()
どうして≪このような二つに分かれていくのか?≫を考えようネ。
先祖が居て。親が居て。自分が居る。子も生まれ、孫も出来る。
これは自然の力でが作ったものだ。自分の力で作れる人いますか?
おられたら、手を上げて下さいませんか?![]()
先祖や、神社などで。お供えをする。これをくよう(供養)と言う。
供養は「自分から供える」けれど。
ほんとうは、『相手から美しい心をお礼に頂いている』のだよ。![]()
ここの所は。だいじだよ。![]()
頂いたものを、皆で分け合って食べる。
自分ひとりで食べるのではなく。分け合って食べるからコソ!
美しい心の芽が育つのだよ。![]()
これを本当の幸せな行為だと。早く気付けば、センテナリアンだ。![]()
一つのものを全部自分だけで食べられる。裕福だから。
それは、実は不幸の種だよ。![]()
誰かと分け合う心は、毎日の積み重ねで育つんだ。![]()
キレイに半分コ。半分になるけど、幸せは2倍になるんだよ。![]()
楽しいよ!美しい心はネ、脳がイキイキ。だから長寿になるんだ!![]()
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記:「わわわ」。2008,02,25,01:35, 校了。
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