おめでたい日     | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥
   
   
テクノラティプロフィール    
   
   
今日で今期すべての酒づくり、平成18年度分の酒の仕込みがおわった。
日本酒の世界では、これを「甑倒し」と呼ぶんだけど
【コシキ】というのは蒸甑釜【じょうそうがま】のことで
むかしは木でできた大きな桶だった。
今もそういう伝統を守り抜いてる蔵元もまだあるかも知れない。
それでもほとんどの蔵元、地酒屋も、今は頑丈なステンレス(スズか?)
内積1トンのデカイ漬け桶を使ってると思う。
そこの下に水を張って120度の蒸気で酒米を蒸すんだけど
「さぁ、はじめるぞ!」
てな具合で、その日の仕込みが始まる最初の、
大きな布のフタを勢いよくひっぱがした時に
その蒸した酒米から昇る蒸気は、ヘタすると大ヤケドを負うことにもなる。
毎朝、命の危うい瞬間なんだよな。
そのほかにも、蔵の中の醪【もろみ】は常に醗酵していてガスを出しているので
たとえば、仕込みタンクの内側をきれいにするための
泡掃除【あわそうじ】と呼ばれる作業の際も
もしもイキナリ、そういうガスを吸い込んでしまうと死んでしまう場合も少なくなく
かつては、そういうことで命を堕とした蔵人【くらびと】も全国に大勢いる。 
んで、命がけに近い酒の仕込み作業の中で
ボイラーを止めた蒸甑釜の蒸気は数分もしないうちに急速に温度が下がる。
最初は雲の中で仕事やってるような気分で
相手は米なんだけど、俺は仙人のような気分になることもある。ときどきな。
して徐々に冷めてきた蒸気も
その蒸米をステンレスの角スコ(スコップ)で掘り出すときになると
顔中がスチーム効果で血行を促進される。
ありゃぁ、世界中のどんなに優れた美顔器具も足元に及ばない。
お陰で、この3年間、冬の毎朝を蒸米の蒸気(スチーム)に曝された俺の肌は
同じ30代後半~40代の世代の人たちにくらべてツルツルになってて、
角質細胞にある老廃物の代謝や
筋肉の老化そのものの進行は以前に増して減速してる。 顔だけな。
みなさんも、よかったら試してみてみて! どこで!? 
んまぁ、若返りとか美顔効果がどうとか、そういうことがとにかく好きな人には
興味ある問題であっても、俺の若さを保つ秘訣ってのは生き方そのものなので
「酒米スチーム効果で
 今日からアナタも理想の美顔を手に入れられる!」
というネタで、“酒づくり美容・健康法”を売り物にしても
誰でもできることではない。
実際、90分前後の蒸米の掘り出し作業ってもんは、
筋骨隆々のニューハーフならともかく、正真正銘のカヨワイ女性には無理だし
それを応用して蒸籠で炊いた赤飯に顔を突っ込んでみたところで
そんなことを毎日できる環境にあるOLもいない。
でも俺の顔の肌は、同年代の男に比べ、キレイであることは俺の周りの誰もが知っている。
顔のつくりはともかくな。 
   
さて、そういう冬場の仕込み作業も毎朝、蒸米を掘るという、
酒づくりの(杜氏さんの)手伝いをやってた俺も、2月28日をもって一段落。
季節労働者契約は一応、3月いっぱいなので
「甑だおし」が済んでも引きつづき
蔵や洗い場、室、酛場【もとば】の道具の片付けのほかに
工場での製品づくりや洗瓶の手伝いなどがある。
大手酒造メーカーの中には一年中 酒を造ってるところもあるけど
酒づくり…というのはとくに寒冷地に限ることなく
基本的に冬場の仕込み作業が自然界の理に適っているので
秋に稲作が終わり収穫された米という物は飯米でも加工米でも
冬場のうちに管理と保管を行き届かせて
菓子(煎餅やアラレ、餅らしき米菓など)を作るにも酒を仕込むにも
味噌や醤油の材料にするにも冬季の気温や湿度を
人間の目と感で的確に見て利用・食用するのことが人間の営み…
とくに日本人の生活・文化の中では現代人が産まれる以前から当たり前のことだった。
そして、秋のはじまりから仕込まれた酒が最初にできあがるのは
ボジョレーの解禁とほぼ同じくして
本格的な冬が始まろうとする直前の晩秋時期に
「今年の新酒、蔵出しナマ酒! できあがりました!」
ってことで、老舗の蔵元の出入り口には杉玉【スギダマ】というモノが吊るされる。
   
    sugidama2002
   
あれは地酒屋の看板のようなもんだけど
それを造って下げたばかりの杉の葉が全体的に緑色の時期が
「今年の米で最初の酒ができたよ!」というお知らせで
一冬を越えて徐々に茶色くなってきて、
次の稲作収穫が始まる夏の終わりには、もう完全に茶色くなる。
その時期に各蔵元では、すべての酒の火入れ作業を終え、
そのいちばん最後に蔵から出した酒を「秋あがり」と呼んで
それだけは最初に生まれ育った酒の成長も最後の時期なので
火入れせずに、ナマの状態か生貯蔵として製品化されることになる。
人間の命も、どんな自然界の産物も必ず、
始まりがあれば終わりもあるように
日本の米から造る酒そのものは、“手造りの酒づくり”として
その酒に「ありがとう!」という感謝も込められて市場に出荷されている。
地元の神社にも奉納される。寺ではナマグサ坊主が飲む。
だからこそ、神聖な酒づくりの中で
冬場のつくりの作業が無事にすべて終わった証でもある“甑倒し”という日は
本来どの蔵元においても特別に“めでたい日”であって
そこでは蔵人という職人たちを歓迎して
日を改めて大安を選び、お祝い行事もやってる。
もちろん、いま俺が勤めさせてもらってる蔵元は
創業が明治時代からの120年近くの伝統を誇る老舗の地酒屋なので
社長みずから職人を歓迎し、毎年かならず、佐渡の一流ホテルの大宴会場を借りて
社員一同、盛大な お祝い会を催してくれる。 今年は四月の予定
その日だけは、冬場の半年間、毎日休みなく働いていた蔵の職人に対し 
誰もが敬意を表して「ごくろうさま!」の日なので
何を云おうと、どんなに酒を浴びるほど飲もうと自由。
ただし、俺のように宴会場のホールで勝手にも、
目ぼしい女性社員を誘ってジルバを踊ってみたり 
カラオケ3曲連続熱唱するような騒ぎ過ぎる奴には問題あるようだけど
とにかく、そういう仕事の癒しの日も普通の行事としてあるわけ。
なんせ、すべての作業工程が“手づくり”が基本! 
仕事は面倒で当たり前、生きることと同じだ。決して簡単ではない。
それを丁寧に、いついかなるときも気を抜くことなく
酒という、春夏秋冬で風味や香りを変える生き物と向き合っている。
今はもう、様々に機械化が進んできて、そういう当然のことが
いろいろに形を変えてしまっているけど
とくに“手造りの酒”の場合は、その保存状態を常に見張っていないと
春先から夏にかけて平均気温が15度以上になると
品質にも劣化が生じてきてしまったりする。
酒のうち日本酒も米から作るとはいえ、アルコールなので
空気に曝されない限りは簡単に腐るということはないんだけど
自然界の産物というモノはやはり、春夏秋冬の中で常に
始まりがあって終わり在る生き物なので、どんなに精巧な手法で作られたとしても
日本酒は「土用を越すと味が落ちる」と謂われている。
なので、夏に鰻を喰う風習がどっから始まったのかは別として
そういう時期(一年の稲作を通して稲刈りが始まる前)
次に新しく仕込まれる酒のための米が誕生する時期なので
♪ふるいものは去り、鮮しくなる
という歌 にもあるように、できることなら、なるべく新鮮なうちに呑んでしまった方が
新たなる人生の生きる楽しみ、望み、未来への展望へもつながってくる。
 
なんか話がちがうな。
ああ、一年以上も経過した酒(日本酒)を飲んじゃダメということではないよ。
そういうヒネタ味が好きな人も世の中にはいる。
それはそれで人によって異なる価値観や趣味のようなもんで
酒も天下の回りモノだ。好きにしていいと思う。
ただ、アホ臭いのは、「どこそこのブランドだから…」と、
歳暮や中元に貰った酒(日本酒)を御丁寧に宝物あつかいしといて
俺のゴキンジョ様のヘチマのようなキューリのご挨拶の如く
そういう賞味期限切れとほぼ同等なような物を あつかましくも
「これはイイ酒なんだよ」(二級酒であっても)と、
自分の親切さで相手に貸しを与えるような感覚のお年寄り風情が田舎にも多い。
これも迷惑だな。俺はな。
決して飲めないわけではないけど、マズイ。
とくに、そういう田舎根性マルダシ味噌でよこした必要以上の親切さ。
その味が鬼のようにクソ不味い。
だから冷やしても燗につけても飲めたもんじゃない。そんなものわ。
気分の問題だけど、酒というモノは、この“気分”、雰囲気で呑む
というのがいちばん大事だ。
それをバカのヒトツ憶えのようにブランド化されたラベルにある名前だけに拘って
誰が百貨店の売り場で整理券を持たされて並んで買ったのかも知れないもんを
よくも平気でタライマワシに、ゴキンジョや親戚のみならず
「お世話になったアノ方へ…」なんてやってられると思うよ。
そんな心はもう、明治・大正・昭和の役立たずな常識でしかない。
踏みにじられて当たり前! 酒は生き物だ! 死んでない。
生きてる人間が自然界の産物をそんな扱いにしてどうする? 
とはいったものの、平和に病める日本人のボンクラな、
流行り廃りに振り回される大日本盆栽帝国ブランド洗脳意識は
俺がこんなとこで何を皮肉ろうと、シニカルな話が世間を変えた試しはない。
だけど少なからず、このページを読んでいる若人の方々は知っといてくれ。
自分が酒が飲めなくてもいい。キライでもいい。
だけど、日本酒という、とくに地酒というもんは
ブランドのように扱われている品物だけがすべてではないんだ。
ヒトの手で丹精こめて丁寧に造られたモノこそ、
それを造っている人が生きている土地に在ることを知ることで
それを見て聞いて味わった人によって価値が決まる。
嘘だと思うなら、呑んでみな、うめぇから。
そして、できることなら、独りではなく、独り以上の人数で
片手にはサカズキ。グラスでもいいよ。
注いでやってね。相手に。
それがたとえ、紙パックに入ったような安酒であってもいいよ。
この際、「俺が造りに携わった酒を飲め」とは云わない。
奥さんの手酌でいいんだよ。
娘の慣れない手つきが、お父さんの手元に酒を零したっていいんだよ。
そういうもんだろ、酒ってもんは。日本人の生活の中で。
それを巷の主婦の中には、
「料理酒には蔵元の一升瓶。
私も食べるんだから。ドクロ
旦那は紙パックので十分! 
呑んでヨッパラやぁいいんだから…」パンチ!
それではあまりにも、
槍投げの得点が良すぎるだろぉっ! 
(“重いヤリに欠けるという意味。)
旦那も旦那だ。
何日か前の布団の中で、ヤリ逃げ状態にも先にイっちまって 天使
奥さんの火照ったカラダの不完全燃焼はどうする! メラメラ
その人肌でつけた燗が旨いとでも言うのかっ! 誰に云ってる? 
まぁいい。酒は天下のまわりモノだ。
自分たちの好きなように味わってくれ。
大勢で酌み交し、飲み明かしてもいいよ。
ただし、ハタチ過ぎてからな。
今は法律的に、たとえ父ちゃんの土産であっても
未成年が単独で酒を買ってもいけない。
未成年に酒を売った業者や店舗は営業停止処分になる。
厳しいよな。土産ならいいじゃん! 
交流人口 ってもんは旅からはじまるんだ。
歴史上に様々な戦【いくさ】が繰り広げられたり墓場や古墳、塚や
怨霊の飛び回る遺跡や自殺の名所を回るばかりが
人間独りの旅立ちではない。    
    
あのねぇ、産まれながらに筋肉発育不全の子供とか思春期の若者が
朝も早くから全身に血液循環が鈍い状態で
呼吸もままならないような猫背の格好でボーっとしてると
そいつは肉体という容器の中身も不安定なわけ。
決して肉体と心がバランスよくマッチしてはいない。
健全な精神とカラダで元気ハツラツなら、何処へ行こうと構わないけど・・・・
   
おっと、こっから先の内容は、この おめでたい日に相応しくない。
ちょっくら編集して、あとでまた
別のページに切り替えて公開する。
まずは、本日、
甑倒しという日のお知らせまで。
   
   
   
じゃね。
   
   
   
 つづく。 ☞ 編集中。