佐賀ンもん

佐賀と九州のこと。


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岩屋山を転がるように降りていくと、案の定帰り道を何処かで間違えてしまい、見たことがない場所へと出てきました。

どうやら思っていたよりも東寄りに出てきたようです。近くには帰りに寄ろうと思っていた観世音寺がありましたので、そちらから先に行く事にしました。

佐賀ンもん なりたて
ぐるっと回りこんで、道路からの入口から参拝しました。
右側の石塔には、とても変わった書体で「観世音寺」と書かれています。


佐賀ンもん なりたて
観世音寺の南大門跡には、当時の礎石が残っています。
観世音寺絵図によると、南大門から大きな回廊がつながっていて、その内側にある中門にも更に回廊があるという、二重回廊の構造だったようです。
絵図のとおりなら、まさにとてつもない大寺であったようです。


佐賀ンもん なりたて
苔むしたクスノキの根元。このお寺は相当古いのですが、この木はいつぐらいからその様子を見つめているのでしょうか。


佐賀ンもん なりたて
観世音寺の本堂です。なかにはお顔を隠した聖観音立像が、いつもの様にいらっしゃいました。


佐賀ンもん なりたて
境内をチラチラと舞っているのは、アオスジアゲハでした。
もしかしてキャノンは、動く被写体にも強いのでしょうか。殊の外上手く行っているようにも思えます。


佐賀ンもん なりたて
観世音寺のすぐとなりにある戒壇院です。
この日は若いお坊さんの研修でしょうか、とても賑やかでした。


佐賀ンもん なりたて
戒壇院の開基はあの鑑真和尚です。
鑑真和尚は、10年の宿願であった日本上陸のため、皇帝の慰留もふりきり両目を失明する困難にあって、荒れる海を乗り越えて鹿児島の坊津に到着しました。
その鹿児島到着後わずか6日で、ここ観世音寺で日本での初の授戒を行ったそうです。

6日で鹿児島から博多まで行くのも大変ですが、休む間もなく戒律を施したというのが、鑑真の日本への熱意を表しているように思えます。

その後、東大寺→唐招提寺と、日本史でもお馴染みの場所へと活躍の場を移します。


佐賀ンもん なりたて
ということで、小雨が降ったりやんだりの大宰府政庁へと戻って来ました。
ここからは、筑前国分寺跡と水城を見に、更に西へと歩いて行きました。
次回で大宰府巡りは、一旦終了します。


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