【報告】にいがたふじみ子ども食堂3周年記念フェスタ | にいがた子育ちステイション~にいがた「ふじみ子ども食堂」~

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地域の子どもを地域で見守り地域で育てる「子育ちの拠点」となることを目的にしています。にいがた「ふじみ子ども食堂」の運営団体です。


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にいがたふじみ子ども食堂3周年フェスタ 報告

皆様のご支援、ご協力のおかげで無事に3周年記念フェスタを終えることができました。

どうもありがとうございました。今後とも宜しくお願いいたします。

◆参加者 50人

日 時 平成30年3月1日

主 催 特定非営利活動法人にいがた子育ちステイション

共 催 新潟市東区社会福祉協議会

後 援 新潟県、新潟市

会 場 新潟市東区プラザホール

◆目 的 

2016年1月に、ふじみ子ども食堂をオープンさせて3周年を迎えました。

今日まで様々な方からご支援やご協力をいただき、ここまで運営することが出来ました。

お世話になった地域のみなさまに感謝をお伝えするとともに、新潟市に子ども食堂がさらに広がるようにと願い『にいがたふじみ子ども食堂3周年記念フェスタ』を開催。

 

◆内 容 

第1部 映画「こどもしょくどう」試写会(約60分)

【あらすじ】

     小学5年生の高野ユウト(藤本哉汰)は、食堂を営む両親と妹と健やかな日々を過ごしていた。
     一方、ユウトの幼馴染のタカシの家は、育児放棄の母子家庭で、ユウトの両親はそんなタカシ

     を 心配し頻繁に夕食を振舞っていた。
     ある日、ユウトとタカシは河原で父親と車中生活をしている姉妹に出会った。ユウトは彼女たちに

     哀れみの気持ちを抱き、タカシは仲間意識と少しの優越感を抱いた。
     あまりに“かわいそう”な姉妹の姿を見かねたユウトは、怪訝な顔をする両親に2人にも食事を出

     してほしいとお願いをする。
     久しぶりの温かいご飯に妹のヒカルは素直に喜ぶが、姉のミチル(鈴木梨央)はどことなく他人を

     拒絶しているように見えた。
     数日後、姉妹の父親が2人を置いて失踪し、ミチルたちは行き場をなくしてしまう。これまで面倒

     なことを避けて事なかれ主義だったユウトは、姉妹たちと意外な行動に出始める――。

【出演】

藤本哉汰、鈴木梨央、浅川蓮、古川凛、田中千空/降谷建志、石田ひかり/常盤貴子、吉岡秀隆

     

第2部 対談(60分)

なぜいま「子ども食堂」が必要とされているのか?

湯浅誠さん×日向寺太郎さん 

 

 

(湯浅)監督は、なぜ「子ども食堂」で映画を撮ろうと思ったのですか。

(日向寺)2015年夏、子ども食堂がメディアに出始めた頃、プロデューサーからの提案でした。脚本も足立紳さんにオリジナルで書いてもらうことになり、「気まぐれ八百屋だんだん」に取材に行きました。

(湯浅)こども食堂の名付け親は東京都大田区の「気まぐれ八百屋だんだん」の近藤さんと言われていますが、昭和51年「婦人の友」という雑誌に、横浜市中区寿町でキリスト教会の牧師さんが厳しい家庭の子どもたちと毎週土曜日に食事をする「こども食堂」をやっているというのが出てきます。子ども食堂と名付けるかどうかは別として、ずっとそういう取り組みがあった、おなかすかせている子がいるなら一緒に食おうという、人間の本性というか思う事です。

取材は「だんだん」だけですか。

(日向寺)はい、具体例は聞いていないのですが、一つ聞いたのは、給食以外で1日の食事をバナナ1本でとっている子がいるというのを聞いて始めたということです。

(湯浅)そこから足立さんとイメージを膨らませて、あの脚本になったのですね。

(日向寺)はい、他の取材の記事や報道などを見て、「子ども食堂」は、回数や料金、場所や規模が自由だという。そのことで私たちの映画作りも自由になり、リアリティの保証ができました。

(湯浅)なぜ近藤さんが「子ども食堂」という名前にしたのかというと、子どもだけで行ける場所は少ないから。今回の映画でも、ホテルで「子どもだけでは泊まれないのよ」と言われる。それでわざわざ「子ども食堂」という名前にしたのだというのが経緯です。

たった一つの取材でここまで話を膨らませるというのは流石ですね。

(日向寺)ご覧になった方々が、タイトルで「子ども食堂」を舞台にした映画だろうって思うのですが、立ち上げるまでの葛藤を映画にしました。映画を作ることが今の社会の根本を見ることになると思います。

(湯浅)子ども食堂は「子どもの貧困対策」と「地域の交流拠点」という機能を持っています。割と多いのが地域交流拠点。ここが貧困問題にアンテナを張っていないかというとそうでもないです。貧困という言葉のもつイメージが強くてきついから地域交流拠点としての側面も打ち出して3年くらいやってきました。両方の側面で、子ども食堂を地域に開いていく中でおこってくる事を続編で作ってください。

(日向寺)原点は食べることが出来ない子どもたちを何とかしたいということなので、今回はそこを作った方がいいかなと思って。大ヒットしたら続編を作ります。

(湯浅)貧困対策だけなら子ども食堂は無くなった方がいいですが、地域交流拠点として子ども会の現代版という側面をもっているので、そこに人が暮らしている限りあった方がいいのです。

(日向寺)血縁、地縁、雇用などの結びつきが薄くなって、共同体が無くなってきています。その中で、子ども食堂が新しい共同体に見えました。

(湯浅)コミュニティの衰退を多くの方は嘆いているのですが、自治会が頑張ると、かつての自治会が持っていた子どもと女性は肩身がせまいみたいな感じのことが解消しないので、アイテムとして見えてきたのがこども食堂です。

多くのこども食堂は、自治会の組織の外、従来型コミュニティの外から生まれていますけど、最近の傾向としては、自治会やPTAがやったり、お寺や神社など地縁のハブになっていたところがやりはじめる流れです。

まわりから出てきた動きを本体の人たちが受け止めて、色んな人たちを包み込めるような地域づくりの動きが始まってきたというのが今の段階です。

子ども食堂のもっている価値とか意義は純粋には貧困の子どもが居なくなれば終わるということではなく、地域の交流とか活性化とか賑わいに繋がります。

(文責 立松)

 

 

 

 

 

 

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