「赤線跡を歩く」によると、京急田浦駅付近に、皆ケ作赤線跡があるということで、行ってきました。
商店街を通って、飲み屋街の方にでたら、お目当ての建物がありました。
お向かいの建物
2010年11月訪問
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明治時代に、東京帝国大学の校舎が現在の本郷に建設される際に、江戸時代から吉原とならんで栄えた根津遊郭を移転させたのが洲崎で、現在の東陽町1丁目です。
まずは、東西線木場駅で下車し、洲崎神社へ。
少し東へ歩くと、東陽3丁目交差点にあたります。洲崎緑道公園は、かつての洲崎川で、洲崎橋があったところが大門です。戦後は、昭和33年の売春防止法施行まで、洲崎パラダイスのアーチがかかっていたそうです。
この通りは、現在も大門通と言われており、吉原とを結ぶ道になってます。
さて、私が訪ねた際は、この通り沿いや少し東に入ったあたりに、カフェー建築が残っていましたが、震災でいたんだのか、解体されたものもあるようです。2010年撮影の写真を掲載します。
屋号入りの見事な建物
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まずは、東西線木場駅で下車し、洲崎神社へ。
少し東へ歩くと、東陽3丁目交差点にあたります。洲崎緑道公園は、かつての洲崎川で、洲崎橋があったところが大門です。戦後は、昭和33年の売春防止法施行まで、洲崎パラダイスのアーチがかかっていたそうです。
この通りは、現在も大門通と言われており、吉原とを結ぶ道になってます。
さて、私が訪ねた際は、この通り沿いや少し東に入ったあたりに、カフェー建築が残っていましたが、震災でいたんだのか、解体されたものもあるようです。2010年撮影の写真を掲載します。
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