【アーカイブス】笹津線デキ6502を追う | 「はなぶさ」に集まる仲間たち

【アーカイブス】笹津線デキ6502を追う


 津島軽便堂さんの最新の記事は、富山地鉄の笹津線である。


 http://tsushima-keibendo.a.la9.jp/toyama/sasadu.html


  察するに、全線乗車の折りに途中で降りて撮影をされたようであるが、天候に恵まれ、立山と素晴らしい写真を撮影されている。この時期、これだけ綺麗に立山が見えることはほとんど無く、遠来の方が、ここまでの写真を撮ることは極めて難しい。相当の幸運に恵まれたようで、羨ましい限りである。

 これだけ山が見えれば、富山にいれば間違いなく撮影に出かけている。そのため接近遭遇をした可能性があるが、残念ながらその撮影日には北海道で蒸機を撮影中であった。

 せっかく笹津線をご紹介頂いているので、その関連で、これまでご覧になったことの無いだろうと思われる写真をご覧にいれよう。それは津島軽便堂さんの記事にも1枚写っている笹津のヌシ、電気機関車のデキ6502の本線走行である。


 機械室が二つに分かれ、その間に通路がある独特の形態のこの機関車は、川崎造船の最初期の電気機関車で、この笹津から山ひとつ隔てた庄川沿いの小牧の発電所で資材輸送に活躍していた。全部で3両あり、専用線が廃止された後はいずれも富山地鉄に譲渡され、その1両が笹津線で活躍した。廃線直前の用途は、笹津駅から敷島紡績の工場までの貨車輸送で、1往復が運転されていた。


 この貨物輸送は、昭和50年3月31日の最終日の前日である3月30日まで行われ、翌31日に南富山まで30024レ(何というインフレ)という列車で単機で回送されている。このデキ6502が本線を走ることは、極めて珍しい。(もっとも、笹津で貨物を牽引しているシーンもあまり撮られていないだろうが・・・)

 

 これは、その記録である。


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 これは、3月30日の最終貨物。敷島紡績から笹津へ貨車2両を輸送した。


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 翌31日。最終日の笹津駅。装飾された電車が笹津駅に停まっている。この頃は、線路にも入りたい放題である。


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 大沢野町八木山の南では、山裾を走る。


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 大沢野町八木山に停車中。木製の上屋がいかにもローカル線らしい。


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 大沢野町北口と大久保町の間。この3本の木が畦に植えられた場所は、遠近感がついて絵になったので、なんども撮影している。天候が良ければ、立山がバックにはいるのであるが、この日は雨模様で山は見えない。


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 大久保町停車中に追い越して、伊豆の宮と上野の間にある熊野川鉄橋で撮影する。


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 最後は上野で、装飾電車との行き違いを撮影。もうこれ以上は南富山まで追っかけなかったようだ。


 笹津線は、富山平野を富山から真南に走っていて、平坦な区間が多かったが、それでも鉄橋有り、山間を走る区間有りで、結構変化に富んでいた。それに加え、立山連峰の景観。山が綺麗に見えた時は、日本のローカル線の中でも5本、いや3本の指に間違いなく入るであろう素晴らしいロケーションの路線であった。


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 まあ、こんな感じである。


 最後にとっておきの画像を。


 デキ6502は、月に一度、検査のため、南富山に回送された。その回送は電車に併結して行われ、デキ+電車という、ローカル鉄道ファンには垂涎の的のシーンが見られたのである。


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 とはいえ、インターネットなど無い当時はこんな情報は流れるわけもなく、撮影した方はゴクゴク限られるであろう。


 こんなシーンをしょっちゅう見ていたので、他のローカル私鉄のデキ+電車の編成にはもうひとつ不感症であった。そのため、津島軽便堂さんのように熱心に撮影していないのが、今となっては相当な心残りとなっている。(駅長)