【アーカイブス】七尾線のC56 | 「はなぶさ」に集まる仲間たち

【アーカイブス】七尾線のC56

 スキャナの調子が悪くて修理に出していたが、それが戻ってきたので、テストを兼ねてブローニー版のカラーをスキャンしてみた。たまたま、この季節に相応しい雪の蒸機のシーンがあったので、ご紹介したい。


 ご紹介する蒸機は、七尾線のC56である。この蒸機は、昭和49年4月まで七尾~輪島の間で1往復運行していた。たまたまこの頃、北陸に住んでいたので、フィールドとして何度も通うことになった。ちょっと方向を変えれば尾小屋鉄道とか、魅力的な小私鉄もあったが、やはり蒸機の魅力には勝てなかったようだ。


 雪の季節には、自動車で行くことは難しいので、当然、列車の利用である。確か、深夜のきたぐにで金沢に出て、そこから一番列車で七尾に向かったはずだ。こうした行程で、七尾でC56の発車に間に合い、さらに列車で追い抜いて撮影ができた。多分、今よりは列車が便利だったのではないか。


 今回、ご紹介するのは穴水から輪島にかけての能登半島の脊梁を越える勾配区間が中心である。この間には、33パーミルの勾配が連続し、C56が力闘する姿が見られた。しかし、交通は不便で、バスもあったか、極めて本数が少なかったと思う。そこで、苦肉の策として、タクシーを利用し、途中からヒッチハイクでクルマを捕まえて、適当なところまで乗せてもらったと記憶する。当時は、こうした方法で結構、クルマに乗せて貰えた良き時代であった。ちなみに、穴水と隣の能登三井との間は11kmの距離があり、以下の撮影は、そのほぼ中間地点のあたりである。 


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 さて、これが穴水からサミットのトンネルに向けての登り区間である。もう、サミットに近いところかと思うが、このあたり、あすなろの木が線路脇に植えられており、雪が降るとクリスマスツリーのようで良い風景となった。


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 これはさらにサミットのトンネルに近いところであったと思うが、今となっては場所が判然としない。調べようにも、この区間の路線は廃止されて、地図から消えてしまっている。


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 これは、もう少し穴水側。この高い鉄橋をわたって、C56は山に分け入っていった。


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 これは、峠を越えた輪島側。能登三井の手前にある新保の集落のあたりである。ここには神社や藁屋根の家があり、いかにも日本の原風景といえる景色がひろがっていて、四季毎に何度となく訪れている。


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 穴水から七尾にかけての路線は、能登湾に沿って走っており、このため、随所で海を入れての撮影が可能であった。特に西岸から能登中島にかけては小さな峠越えがあり、力闘する姿が見られた。


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 帰りの166列車は能登中島で1時間少々停車しており、列車で余裕を持って追いつくことができた。能登中島は両側に向けて段丘に登る勾配があり、多くの場合、そこで撮影したが、この日は大変な豪雪で、駅の発車を狙っている。北陸とはいえ、能登半島は豪雪になることは少なく、これだけ一気に雪が降るのは珍しい。

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 七尾線は、まさに日本のふるさとといっても良いような心暖まる風景が続いて、魅力的な路線であった。ここで学生時代に思う存分、蒸機が撮れたのは、鉄活動のひとつの頂点であったことは間違いない。七尾線の蒸機を一番撮っているのは、ひょっとして私かもしれない。

 しかし、当時の蒸機は1往復。駅間の距離もある。雪が降って寒かったことも間違いない。撮影は、かなり大変であったことだろう。

 今、もう一度、やるかと問われると・・・・・・さて、返答に困る。(駅長)