老舗洋食屋のビーフカツ ~人形町「洋食キラク」の激安ビーフカツ~
カツといえばとんかつである、とずっと思いこんでいた時期がある。
なので、世の中にビーフカツなるものがあると知ったときは
「そんな贅沢なモノがあるのか」と真剣に思ったものだ。
いまから20年近く前になる。
で、早速食べに行こうと思い調べてみるとこれがべらぼうに高い。
たとえば、根岸の老舗洋食屋「香味屋 」だとなんと4800円、ポークカツが2300円(平成18年現在)だからほぼ倍の値段…
当時、大学生だった私にはとてもじゃないけど手が出せない特上の食べ物であった。
「さすがに牛は高い。これじゃサーロインステーキを食べるのと変わらないじゃないか…しかし、じゃなぜステーキにしないであえて衣をまぶしてカツレツ状にするのか…うーむ、謎だ」と悩んだのを思い出す。にさすが、と唸ったことを思い出す。
しかも、ビーフカツなるものはそんじょそこらの洋食屋ではお目にかかれない代物だけにやはり高い金を出さなければ食べられないだけに謎は謎のままであったが、人形町の洋食屋に激安のビーフカツがあると聞いて勇んで出掛けてみた。
その店は「キラク」という洋食屋であった。
カウンターだけの小さな店で老夫婦がカウンター内でせわしなく働いていた。
おやじさんが黙々とカツを揚げる姿に痛く感動した覚えがある。
初めて食べたビーフカツはトンカツよりも肉の食べ応えがしっかりとしているなぁ、という印象があった。
ジューシーさという点ではトンカツに分があるが、ビーフカツの噛むたびにほのかに溢れ出る肉汁
煉瓦亭、香味屋のようなハイカラな雰囲気は微塵もないが、昭和の香りが漂う、人情味溢れる洋食屋だ。
それから思い出したときなどふらり訪ねるようにしていたが、ここ1年近く行っていなかった。
で、先日久しぶりにあの味が懐かしくなって訪ねてみた。
(しっかりとした衣と薄めの肉の相性も良い。これで1550円)
1時30分を回っていたため、行列もなくすぐに店に入れた。
カウンターに目を移す。
おかあさんが黙々と肉に包丁に切れ込みを入れている。
裏と表の両方に丁寧に何本もの切れ込みを入れる。
この作業が肉の噛みごたえを際だたせている。
が、オヤジさんの姿はない。
おそらく娘婿さんらしき方が揚げていた。
「オヤジさんもついに引退したか…」と思い、初めてオヤジさん以外が揚げたカツに口を付けてみた。
薄く切られた肉はおかあさんの地道な作業の成果がしっかりと出ている。
おかあさんに怒られながら肉を揚げる婿さん(?)の姿もなかなか良い。
ビーフカツを食べる度にいつも思う。
トンカツよりもありがたい気がするのはなぜだろう?
衣から覗く赤身肉の色合いがいいのだろうか?
うむうむ、やはりビーフカツは衣と肉の一体感が良いな、
肉汁を衣が閉じこめるのでやはりこれはステーキでは味わえない感覚だな、
そんなことを考えながら、もぐもぐと肉を噛みしめた。
帰ってからネットで調べたら、おやじさんは去年、お亡くなりになっていた。
それでもあの味が1550円という低価格で提供されていることに心から感謝した。
●「洋食キラク」
東京都中央区日本橋人形町2-6-6
電話:03-3666-6555
営業時間:11:00~15:00、17:00~20:15
定休日:日曜、第2・3月曜(祝日の場合は営業)