雑誌の企画がちょいと変更になって、お店を普通に紹介する記事になってしまった…
で、せっかく書いたので当初掲載予定だった原稿を載せておこう。
ちなみに「一個人」ラーメン大特集は1月26日発売です。
私は巻頭特集記事を書いてますので、よかったら読んでみてください。
「丼一杯でタイ料理を表現する男」プロ料理人・藤巻将一
世の中にはとんでもないことを考え出す人間が多々いるが、ラーメン業界、いや料理界において藤巻将一ほど破天荒なことを考えている人間はそう滅多にいるものではない。
藤巻は言う。
「いまのラーメン業界に『プロの料理人がラーメンを作るとこうなる』というのを見せてやりたいんですね。丼一杯でタイ料理を、藤巻の料理を表現すること、それこそ22年間の料理人としての集大成がこのラーメンなんです」
丼一杯でタイ料理のコースを表現する、という発想も飛び抜けているが、
その発想をきっちりと形にし、しかも期待以上の料理を作り上げてしまうのだから、
藤巻が豪語するのもうなずける。
丼に表現されているのは、前菜・ソムタム(青パパイヤのスパイシーサラダ)、
湯・トムヤムスープ、海鮮・トードマンクン(海老と紋甲イカのすり身ゆで)、麺・バーミー(特製平打ち中華麺)、飯・パカパオナーム(鶏そぼろごはんの茶漬け風)とまさにフルコース。
ラーメンという形態ではあるが果たしてこれがラーメンなのか、と思わずにはいられないほど計算尽くされた独創的な麺料理である。
このトムヤム激場麺の価格は1500円。
ラーメンとしては飛び抜けて高い。
しかしこれが藤巻の完成型ではない。藤巻の考えはその遙か上をいっている。
「いま目指しているのが一杯1万円のラーメン。
それも麺とスープだけのシンプルな物で具材は一切なし。
それだけを売る店を出そうと思ってます。
自分にとってのカッコ良さを目指していくとそこにたどりつくんですね。
店の名前は『藤巻激城』。
いまの激場ではなく激城。それこそ私の城ですから」
1500円のラーメンも破格だが、1万円のラーメン、それもスープと麺だけで作りたいとは考えていることが恐ろしい。
逆に言うとそれだけスープと麺に自信を持っているという証でもある。
そのスープは自家製のトムヤムペーストに鶏油から作ったネギ油、ハーブ、地中海産の天然レモンなどが加えられたもので、
ラーメン王・石神に「甘・辛・酸・鹹・苦の五味が全て詰め込まれていて圧巻の味世界」といわしめる出来栄え。
あざやかな盛りつけ、工夫された具材などで「視覚、嗅覚、味覚、触覚を満たしてくれる一杯はまさに料理の理想像ともいうべき姿」と大絶賛である。
この一杯のラーメンを完成させるために費やされた時間は想像に難くない。
いままでにもエスニックラーメンはあったものの、ここまで完成度の高いものはなかったはずだ。
自らを「日本でタイの宮廷料理を作れるただ一人の料理人」と称するタイ料理のプロ・藤巻だからこそできた料理なのである。
ラーメン職人には出来ない発想が丼に表現されているのだ。
その藤巻の歴史はチャレンジの歴史といってもいいだろう。
バンコクのオリエンタルホテルでタイ料理の修行をした藤巻は「アジアンボウル将」というタイ風の丼とヌードルの人気店を経営していた。
弟子が三軒茶屋に出店するのを期にこの店をすっぱりと閉め、新たなるチャレンジのために「藤巻激場」をオープンさせた。
オープン当初は客がほとんど来なく、かなりの苦戦を強いられたという。
普通ならば値下げをしたり、他のメニューを取り入れたりするところだが、
藤巻はその逆を行き、800円のラーメンにさらに改良を加えた一杯1000円のラーメンを編み出した。
そして、徐々に客が戻りだし、行列が出来るようになると今度はさらにグレードアップさせた1500円のラーメンを作り出したのだ。
「1000円のラーメンは勝ちました。
行列が出来るようになったし、これはこれでもういいと。
私の『もう一回戦うぞ!』という姿勢が、すべての面でグレードアップさせた1500円のラーメン。
次は1万円のラーメンに挑戦です。
激城にまでたどりついたら、ようやく一国一城の主になれるんじゃないですかね」
飽くなきチャレンジ魂を持つ男、藤巻将一の野望が決して夢物語ではないことは、この丼に表現された世界が物語っている。
店で売っているのは料理ではない、ラーメンは板場という戦場で戦う上での武器にすぎず、売っているのは藤巻自身、という思いが、この丼に余すことなく表現されているからだ。ラーメン界に独自の提案をし続ける藤巻将一のチャレンジから目が離せない。
2009-06-13
2009-06-11
2009-06-07
はたして藤巻将一はさらにとんでもないことを考えている男であった。
なんと一杯1万円のラーメンのみを出す店を考えているというのだ。
伊勢エビなんかが入ったラーメンで一杯1万円、というのはある。
だがあれはラーメンではなく伊勢エビを食べているにすぎない。
が、藤巻の作る1万円ラーメンは、スープと麺だけで具はないという。
大丈夫か、藤巻!
が、藤巻はこともなさげにこう言った。
「板場は料理人にとっての戦場。ラーメンは戦場で戦う上での武器。この店では私を売っている」と。
(料理に精を出す、藤巻氏の図)
そもそも藤巻氏はタイのオリエンタルホテルで修行をし、
氏曰く「日本でタイの宮廷料理を作れるただ一人の日本人」であるそうだ。
その修行を支えてくれた先輩料理人に対する感謝の気持ちとタイ料理への恩返しのために
世界一のスープ・トムヤムクンを広めたいとの思いからラーメン屋を始めるに至ったという。
「ラーメン業界に対してね、こう言ってやりたい。『プロの料理人が作るとラーメンはこうなる』ってね」
確かにトムヤム激場麺はなんともいえぬ味わいである。
ある意味、唯一無二の料理といっても差し支えないだろう。
オリジナル・トムヤムペーストに鶏油からとったネギ油、香草等を混ぜたスープは、
トムヤムクンを越えている、という気にさせられる。
1万円のラーメンのスープはさらなる極上テイストなのだろう。
美食家ならば喜んでお金を出すかもしれない。
なぜ1万円のラーメンなるものを作り出そうと考えたのかというと
カッコ良さを目指していくからであるという。
「チョイ悪どころじゃなくて、本当の不良オヤジになってもらいたいってこと。
女連れてきて、パッと食べて、じゃ2万円、って金置いてパッと帰ってくわけ。
そういうカッコ良さを目指すなら、ここに来ればいいってこと」
だそうだ。
「1万円のラーメンが完成したら、店の名前は激場じゃなくて激城にしようと思ってんの。
その時にようやく一国一城の主になれるって思うわけ。
とにかく一番じゃないと気が済まないんだよね」
そうなんである。
藤巻氏はとにかく一番じゃないと気が済まない方なのだ。
かつてこの地には「アジアンボール将」というアジアンヌードルと丼を出す店があった。
その店はなかなか繁盛していたらしい。
弟子が三軒茶屋に支店を出すのを気に前々からやってみたいと思っていたラーメン屋を始めることにした。
値段は1杯800円。
アジアンボール時代の客はまったく寄りつかなくなり、300万あった売り上げも1/10以下になってしまったという。
普通ならばラーメンの値段を下げるところだが、藤巻氏はさらなる改良を重ね、1杯1000円のラーメンを生み出したという。
で、ますます人は来ない。
経営の危惧にも貧したが、それでも信念は曲げなかったという。
「武士道なんですよ。武士道で一番大事なのはやせがまん。
約8ヶ月やせがまんを貫いて、ようやく客が来だした。
で、行列が出来るようになって1000円のラーメンは勝ったなと。
もう一回、挑戦しようという気持ちの表れが1500円のラーメンなんです」
とのことだ。
やせがまんも一番でなけりゃ気が済まないというのだから筋金入りだ。
で、ついに1万円のラーメンが完成したらしい。
(1杯1万円の文字が光る)
これを食うには10回以上、店に通うことが必須条件らしい。
オヤジと料理に興味のある方は、訪れてみてはいかがか?
※営業時間は戦いなので「開戦時間」。
戦場にて「今日は休みます」なんてことはないので、不定休となっている
●「藤巻激場」
世田谷区池尻3-19-5
電話:03-5481-5838
開戦時間:12:00~14:00 18:00~22:00(平日)
12:00~15:00 18:00~22:00(土・日・祝)
休戦日:不定休
その店の名前は「藤巻激場」。
店の構えはご覧の通りの赤と黒のツートンカラーで看板の類は一切ない。
(この外観だけで何屋かは絶対にわからない)
「いったいここは何屋なんだ?」と多くの人が思うことだろう。
しかも「藤巻激場」ときている。
芝居でもやってるのか…
あるいはホルモン屋か…
これが私が最初に受けた印象である。
「開けるのが恐い…」
B級グルメ道を邁進する私でさえそう思うのだから、一般の人ならさらにビビッたとしても不思議ではない。
いや、そもそもレストランであるという保証すらないのだ。
扉を開けると激情した藤巻氏に襲われる、ってなことだって十分にあり得る。
まさかね…
しかし、その可能性を払拭できないのは、硬質な店構えにある。
並みのB級店とはあきらかに違う。
何が違うかというと怪しさの質が違うのだ。
店の前はキレイに掃除され、それこそチリひとつ落ちていない。
窓や扉もキレイに磨かれており、新規オープンしたてのようにピカピカなのである。
それで頭を抱える。
「この徹底した衛生管理はただもんではない…おそらく店主はなにごとにもこだわるプロなのであろう…しかし、いったい何屋なのか…」
そんなジレンマを抱えながら何度か店の前を通ることがあったが、結局、店には入らずにしばしの時が流れた。
そしてついに訪れるときがやってきたのである。
それは雑誌の取材がもたらせた。
「2007年のラーメン特集」ということで、ラーメン王・石神のイチオシ店、ということで訪れたわけだ。
前のラーメン店の取材が長引いたせいで、予定の2時より少々遅れる。
いや、正確には「2時過ぎくらいに伺えるかと思います」と伝えていたのだが、
この「過ぎ」という曖昧表現がいけなかった。
なにせ相手は店の前にチリひとつ落とさない完璧主義者である。
2時ならキッチリ2時。「過ぎ」なんつう曖昧な表現は受け付けないわけである。
で、ついにおそるおそる扉を開けたわけだが、果たしてそこには店名のごとく激情した藤巻氏がいたわけだ。
看板に偽りなし。
藤巻氏はかなりの強面だけに恐いの何のって。
いや、今回はこちらの甘い計算が落ち度であるからして、ひたすら頭を下げる。
怒られること数分。
「じゃ、この話はここまで」と藤巻氏はカチャリとモードを切り替え、取材モードになる。
このあたりの潔さもプロだ。
ここで出されるのはトムヤム激場麺。
長年、タイ料理の修業をしてきた主人が世界一のスープ、トムヤムクンを広めたいという思い、
タイ料理や師事した先輩料理人たちへの恩返しのつもりで始めたのがこの店だという。
で、考えていることが飛び抜けているのである。
「丼一杯でタイのコース料理を表現する」というものなのである。
これだけ聞くといったいなんのことやらと人は思うだろう。
こういうことである。
前彩(前菜ではない。彩りも重要だということ)には麺の上にのせられた青パパイヤのスパイシーサラダ。
湯はトムヤムスープ、海鮮は海老と紋甲イカのすり身ゆで、麺は特製平打ち中華麺、〆の飯は鶏そぼろご飯の茶漬け風と確かにフルコースが揃っている。
いや揃っているだけではなく、しっかりと丼の中に表現されているのだ。
(花とレモンにも意味がある。知りたい人は勇気を出して店主に聞いてみよう)
で、肝心の味はどうなのか?
まずスープをいただいてみる。
「ム……」
これはまぎれもないトムヤムクン…しかし、なにか違う。もっと深みを感じる。
聞いてみると自家製のトムヤムペーストに鶏油からとったネギ油をミックスさせているとのこと。
さらにいくつかの具材を加え煮込んだものがこのスープ。
トムヤムクンではなくトムヤムガイスープなのである。
ガイとは鶏のことで、中華料理の修業もした店主の工夫が生み出したまさしくオリジナル。
このスープがまたいける。
ラーメン王・石神をもってして「甘・辛・酸・鹹・苦の五味が全て詰め込まれていて圧巻の味世界」といわしめたほどの出来栄え。
ただのタイラーメンなんかとは明らかに違う代物である。
いったいこのラーメンを生み出した藤巻将一とはどんな男なのか?
話はディープな世界に入っていくのであった…(続く)
廻らない回転寿司屋というものがある、
いや、かつては廻っていたがいまは廻すことをやめてしまった回転寿司屋といった方がよいだろう。
食材のロスを出したくない、というのが最大の理由だと思うが、
それよりなにより、廻すことに意味がない、という店もある。
大井町の「源平寿し」もそんな店の一つではないだろうか。
確かにかつて、この店ではレーンが廻っていた。
私も廻っている頃に来店したことがあった。
その頃の印象は安さが魅力の普通の回転寿司屋、という感じだった。
というよりも、なぜ廻しているのかが不思議な店、といったほうが良いだろうか。
もともと普通の寿司屋だったのかもしれない。
なんだかレーンが無理矢理設えたといった感じだったのである。
レーンはカウンターの端から端まで行くと急角度で曲がっている。
レーントレーンの間はわずかに20センチほどである。
客席は片側一車線で、板場とカウンターのわずかな間にレーンが横たわっているといった案配だ。
大井町の近所に住んでいた頃はたまに顔を出していたが、月日が流れて十数年、久しぶりに訪れた。
当時とあまり変わらぬ佇まい。いや年月分は十分に老いている。
あやしげな古寿司屋、といった風情で、一見ではなかなか入りにくい雰囲気を醸し出している。
看板を見る。
「くるくる廻る江戸前鮨」
と書いてある。昔のままである。
店に入る。
「いらっしゃい」との声だが、なんだかかわいそうなくらいに元気がない…
病気の板前さんが無理矢理絞り出したような声だ。
愛想はあるんだが、致命的に元気がない、といった感じなのである。
人柄は良さそうな感じなのが救いか。
昼時とあって、客は数組いた。
皿は……廻っていない…
注文で板さんが握ってくれる。
忙しくないときなどは普通の回転寿司屋でも皿を廻さずに注文のみで握りたてを出す店もあるが、
そういうのとは違う感じだ。
古びたレーンを見ているともうえらく長い年月、廻った形跡がないのである。
じゃ、普通の街の古びた寿司屋と同じじゃないか、とあなたは言うかもしれない。
その通りなんである。
しかし、注文すると寿司はなぜか皿にのせられて出てくる。
「ムムム…」と思う。
このシステムは回転寿司だ。
お会計時もこの皿の色と数で計算をしていた。
回転寿司のいいところというのは、自分が食べようとしている寿司がいったいいくらなのか一目でわかるところにある。
すごい美味そうな中トロだが値段は高い…食べるべきかやめるべきか、それが問題だ、とハムレット的な苦悩に陥るのがそれはそれで楽しいもんである。
が、寿司は廻っていないがお会計だけは回転寿司システム、というのでは、回転寿司の楽しみをあじわうことはできない。
それでは意味がない、とあなたは言うかもしれない。
が、そうでもないんである。
寿司の値段がなんともいえぬ、回転寿司価格なわけだ。
マグロ、タコ、イカなどベーシックなネタは概ね110円。
大トロや活ネタなどの上ネタが300円と激安といっていいくらいの値段設定だ。
しかも、味は悪くない…。
いや、激安回転寿司だと思えば十分に美味い。
ここでふたたび「ムムム…」と思う。
廻っていないが、看板には回転寿司の表記。
廻っていないが、レーンはある。
廻っていないが、回転寿司システムのお会計。
廻っていないが、回転寿司価格…。
果たしてここは回転寿司屋なのか否か…
気軽に入れない回転寿司屋という新ジャンルな店というのもありなんじゃないかと思った次第です。
●「源平寿し」
東京都品川区大井1-1-25
電話:03-3777-6264